「アートと美学」読後感

「アートと美学」(米澤有恒著 萌書房)は私にとって大変刺激的で面白い書籍でした。論文の細部に至るまで、自分の中に否応なく入ってきて、今までの自分の思考力を試されるような体験をしました。自己思考力は、かつて自分が親しんだ哲学書のボリュームによって力量を測ることが可能かもしれませんが、残念ながら私の思考力は覚束ないものばかりで、著者の言わんとしていることは理解できるものの、資料としている哲学そのものを知らないことが多くありました。哲学の祖であるソクラテスやプラトン、哲学の体系を成したカント、美学の創始者バウムガルテン、芸術哲学のヘーゲル、私には学問へ向かう基礎がないことを改めて自省しました。その中で著者はハイデッガーに拘り、あとがきにこんな一文を寄せていました。「皆目分からないのに、呪縛されたようにこの大著を手放すことができなくなってしまったのである。以降、私がやってきたことは今日まで、何とか少しでも『存在と時間』を理解したい、その一言に尽きるように思う。」これを読んだ時に、基礎学問の乏しい私は思わず膝を叩くほど嬉しくなってしまいました。ハイデッガー著「存在と時間」に私も噛りついたことがあったからです。内容は理解し難いことだらけ、でも何故か魅了されてしまう、重層な思考の襞に入り込めず、諦めることもできず、ずっと深みに嵌って思索を続けたい欲求に駆られてしまう、そんな不可思議な気持ち、これが私が素直に感じる「存在と時間」です。NOTE(ブログ)の2014年7月30日の読み始めから11月27日の読後感まで、「存在と時間」の細切れになった感想を載せていますが、私の力不足で主旨を踏まえたまとめにはなっていません。私には「存在と時間」の深層を理解できず、概案さえ掴めなかったのでした。そんなこともあって、私は勝手ながら「アートと美学」に親近感を覚えたのではないかと思っています。もう一度繰り返しますが、本書は私にとって大変刺激的で面白い書籍でした。

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