横山大観「生々流転」

東京国立近代美術館で開催されている「横山大観展」の目玉は大作「生々流転」です。私は「生々流転」に描かれている水墨が織りなす自然のドラマが見たくて、東京竹橋までやってきたのでした。「葉末に結ぶ一滴の水が、後から後からと集まつて、瀬となり淵となり、大河となり湖水となり、最後に海に入つて、龍巻となつて天に上る。それが人生であらうかと思つて、『生々流転』を画いた」と横山大観は述べています。海に入って龍巻になった大気は、やがて陸地に雲となって戻り、雨を降らせ、また葉末に結ぶ一滴の水になることを考えれば、水の循環は永遠に続く自然界の営みと言えます。大観の畢生の作と誰もが認める「生々流転」は、常軌を逸した長さである40メートルを超える壮大な絵巻で、私は全貌を見たのは初めてでした。本作と併せて「生々流転」の「小下絵画帳」がありました。私はまずこれに興味が湧きました。山脈と木々が鉛筆によって立体的に描写されていて、濃淡の表し方は西洋画法の塊としての解釈がありました。それに比べ、本作の「生々流転」では岩山が整理され、墨による片ぼかしやデザイン化された波の表現に、引き締まった抽象化を感じました。小さく点在する人物は、どこかとぼけた漫画風で、クスッと笑えるような風情でした。後半、大海の情景で波だけが4メートルも続く画面があります。これから始まる大自然の渦巻くドラマに導くために敢えて退屈な場面を用意したのでしょうか。図録では「待ち」という言葉を使っていましたが、私はベートーヴェンの第九の合唱に入る前の「待ち」の演奏に見立てていました。図録にこんな一文がありました。「発表当時から『大観氏は東洋が伝統の精髄を掴み、又それを根本思想なる老荘哲学に反映せしめるのである』という見方がなされていた。大観は師の岡倉の影響を受けて老荘的世界観を内に育んでいたから、たとえば『上善は水の如し』というような老子の思想を反映して、《生々流転》の主題に水を選んだのだろうと指摘されている。」(鶴見香織著)

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