「道化帽のさまざまな光景」ルードルフ・ハウズナー

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)の23人の芸術家のうち最後に取り上げたいのはウィーン幻想派の旗手ルードルフ・ハウズナーです。私が20代の頃、ウィーン美術アカデミーに在籍していた時期がありました。当時アカデミーにはハウズナー教室があって、何人もの日本人が学んでいました。廊下でハウズナー教授とすれ違ったこともありました。教授はきちんとネクタイをされていて、とても画家には見えない風情でした。自画像を「アダム」と称し、そこに精神分析学を持ち込んだハウズナーの表現は、フロイトを生んだ古都ウィーンの空気に合致していたように感じました。ハウズナーには「アダム」の他に「道化帽」のシリーズがあって、文中にこんな一文があります。「アダムが活動的、荒い力、本源性、連続的な優位タイプを、要するに闘いを具現化していますが、それに対して道化帽は瞑想的な、抑鬱性の、メランコリックな感情細やかな、感じやすい、感情移入力のある他の一面を表現しています。」これはハウズナー自らが語った言葉です。道化帽を冠った人物像は、内面的な感情を秘めている表現になっているわけで、精神分析的な解釈を何か具体的な対象物を使って、自らの内面を語らせているとも言えます。本文からさらに引用いたします。「ハウズナーは、絵筆とパレットを手にして画架のところに立ち、鏡のなかを見、『わたしは自分の顔を眺めた』と言い、『そしてそのなかに世界を見た』。さらに『わたしが世界に関して知り、自分を知る一切のものを、絵を描くときに知ったのだ』と。それは彼にとって、絵画とは『グノーシス派の規律』であり、自己認識を創造することが、同時に人生の克服のためのひとつの手段であり、道化帽も、そのひとつの手段としての姿なのだ。」グノーシス派とは、初期キリスト教の異端とも捉えられた思想で、消滅の憂き目にも遭っています。それは旧約聖書の神と新約聖書の神を区別する特徴があるからです。一度途絶えた思想は20世紀に入って再び興り、オカルティズム思想にも影響を及ぼしているようです。ウィーン幻想派の思想背景にこんなものが潜んでいたことを私は知りませんでした。

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