映画「謎の天才画家ヒエロニムス・ボス」雑感

若い頃、ウィーンに居を構え、そこから夜行列車に乗り継いでスペインのマドリッドにあるプラド美術館に行ったことがあります。プラド美術館にはヒエロニムス・ボスの「快楽の園」があったはずですが、何ということか、私は記憶に留めていません。私がヒエロニムス・ボスの絵画を意識するようになったのは、ウィーン美術アカデミーに隣接する美術館に「最後の審判」があったからでした。アカデミーとは扉ひとつで出入りできたので、度々見に行き、不思議な世界を堪能しました。中世に描かれ、人間の罪を露にしたような表現には謎が多くて、それについて何か解説が欲しいと思って、旧市街にある美術書専門店で分厚いボスの画集を購入しました。結局ドイツ語の解説はまったく読まずに、今も自宅の書棚に眠っています。当時流行っていたウィーン幻想絵画にもボスの影響があると私は見ています。描かれた異形を見ると、つい誘惑されてしまう謎解き、宗教を含めた思想世界の迷宮に紛れ込んでしまった自分の心が映し出され、映画「謎の天才画家ヒエロニムス・ボス」を観に来ている人は、そんな思いを携えているのではないかと私には思えました。映画は「快楽の園」を巡って、様々な登場人物たちが感想を述べ、謎は解明されることなく幕を閉じました。監督のインタビューの中で「芸術家の使命は謎を深めることにあります。哲学者のミシェル・オンフレ氏が劇中で示唆するように、芸術が持つのは、衝撃とカタルシスを通して、人間の魂に優れたものを受け入れさせる力だけです。」とありました。謎は謎のままの方がいいのかもしれません。最後にボスの絵画の解説を付け加えておきます。「ボス絵画の多くの場合、人間の愚行ゆえの罪が、怪奇で悪魔的な異形のイメージで描き出されている。終末が迫り、地獄の業罰と罪の悔い改めがさかんに説教され、人々の恐怖心を煽っていたこの時代、ボス風作品は大いに人気を集め、権力者たちがコレクターになった。それはキリスト教社会が抱える矛盾や不条理を映す鏡だったと言えよう。」(小池寿子著)

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