「精神的苦闘」ユーロ・レヴィン

私は20代の頃、5年間もウィーンに滞在していたにも関わらず、戦争の傷跡には目もくれず、ひたすらアートの動向ばかりに注目していました。美術館に展示されている現代芸術作品の中にはホロコーストが及ぼした深い影響が見られるものがありましたが、そこに拘るつもりはなかったのでした。陸続きのポーランドにあるアウシュヴィツに足を踏み入れることなく、私は帰国の途につきました。その後、横浜市の公務員になり、職業として第二次大戦の歴史的事実を捉えることが必須であり、内外の現代史に視野を広げるにあたって、日本のアジア侵略や欧州を巻き込んだナチスの惨状も学習することになりました。今思えば、あの時どうして関心を持たなかったのか、自問自答を繰り返すばかりです。「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のなかに、アウシュヴィツの収容所で命を落とした画家がいました。ユーロ・レヴィンという画家は私には未知の画家でした。文中より引用すれば「レヴィンはヨブという旧約聖書の人物を、運命に打ちのめされ、倒れ込んだ男と解釈したが、身体のポーズのなかに、人間の精神的な力と弱さが混ざっている。頭部は、抵抗も服従も明らかにしていまい。だが、人間の尊厳を得ようとする努力を、絶望的な状況のなかで明らかにしているだろう。~略~ヨブが聖書において象徴化する神の正義を、激しい精神的苦闘において、根本的に問うのだ。正しい人がなぜ苦しまねばならないのか、人に善と見えることが、神には悪なのか、人にも悪に見えることが神には善なのか、と。」というレヴィンの作品を解説した箇所があります。レヴィンは排斥、軽蔑、搾取され、苦悩する人々に目を向け、それら社会的コンテキストを激情的に表現した画家でした。第二次大戦という惨劇の中で、多くの芸術家の命が奪われてしまったことは疑いようのない事実です。元来、芸術は生命を謳い、人間の価値を問う媒体です。民族同化と真っ向から対峙する媒体です。そんなことを改めて感じさせてくれた画家ユーロ・レヴィンの生涯でした。

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