「受難のパトス」ヴィルヘルム・レームブルック

「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち彫刻家が一人います。ヴィルヘルム・レームブルックはバルラッハとともにドイツ表現主義を代表する彫刻家で、日本では2004年に神奈川県立近代美術館葉山で展覧会を開催しています。当時私はその展覧会に足を運び、レームブルックの世界観に触れました。引き伸ばされた肢体をもつ人体像は建築構造的であり、私にはモディリアーニの彫刻のように見え、またゴシック的な要素も感じました。38歳で自ら命を断ったこの彫刻家は、後年制作された地に蹲る人体像を見ていると、戦争による苦悩や絶望が感じられて、作家自身が目指していた英雄的でモニュメンタルな彫刻が受け入れられない暗い社会情勢との狭間にあって、精神的に追い詰められていたのではないかと察しています。本著では彫刻作品「上っていく若者」についてニーチェとの関連を取り上げています。「この作品は、レームブルックは人生で経験し、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』で確認されるのを見いだした、『衝動と理性との悲劇的両極性』(D・シュベルト)により決定されていると言えよう。身体の高みへの志向は、うなだれた頭部と対極を成している。」戦前であってもレームブルックの人体像の中に表現主義的な文学性や象徴性があり、戦後の彫刻作品「倒れた人」では実存表現主義とも言うべき表現が現れてきました。「戦争体験後、レームブルックは、残りわずかな力を振りしぼりながら、作品を非物質化し、欲求的な身体から解放しようと直接的な表現を見いだした。」画家キルヒナー評を書いたP・シュプランガーによると、レームブルックは「英雄のパトス」を「受難のパトス」に変えていると指摘しています。葉山の「レームブルック展」で、私はそこまでレームブルックの背景を洞察できなかったわけですが、細く伸びた肢体と無表情な風貌をもつ作品を思い出し、改めてレームブルックを記憶に留めようと思っています。

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