「ツァラトゥストラの詩人」エドワルト・ムンク

現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)には23人もの芸術家が掲載されていますが、全員をNOTE(ブログ)で取り上げるつもりはありません。ただ、23人の中には自分が刺激を受けた芸術家が多いので、つい話題にしたい思いに駆られてしまいます。今日取り上げたムンクもその一人です。ムンクが関わったのが哲学者ニーチェで、彼の肖像画をスウェーデンの銀行家に依頼されて、ニーチェの愛読者であったムンクは、この仕事を即座に請負い、ニーチェと相通じ合う魂の在り方を絵画で表現したのでした。ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」は私も読みました。哲学書らしからぬ修辞的な文体で書かれたこのニーチェの代表作は、読むにつれ理解に苦しむ箇所が多く、寓話の形式を取りながら観念の擬人化が成されているように私には思えました。本書の文面に「ニーチェの独創性は、事物を『黙示録的な照明』において見、それを激しい『マクロコスモス的表現』に賦与する彼の能力に存する。これが《ツァラトゥストラ》の秘密であり、ニーチェの個人に対する鍵は、恍惚とした陶酔だ、と。そしてニーチェとムンクが理解さえうる可能性として、新たなディオニューソス的芸術が特徴付けられる。」とあります。ディオニューソス的芸術とはニーチェの「悲劇の誕生」に登場する概念で、造形的なアポロン的芸術と対峙する情緒や感情が主体する芸術を言います。そうした心象表現はムンクの得意としたもので、ニーチェとのコラボレーションが巧みに行われたことが容易に理解できます。ニーチェの有名な言葉に次のようなものがあります。「神は死んだ。…わたしたちは今、果てしない無のなかをさまよっているのではないか。空虚な空間が、わたしたちに吹きつけてくるのではないか。いっそう寒々となってきたのではないか。絶えず夜が、しかもより多くの夜がくるのではないか…。」ムンクにもそうした虚無なニヒリズムがないとは言えず、同時代を代表する画家として、ニーチェの思想を糧に新たな表現を求めたのでした。

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