さまざまな女性像の深淵

現在読んでいる「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)に登場するノルウエーの画家ムンクとドイツの画家キルヒナー。日本ではムンクは有名ですが、キルヒナーは知る人ぞ知る画家ではないかと思います。私は20代の頃からドイツ表現主義に興味があったので、キルヒナーは今も私の中で強烈な存在感を放っています。当時はキルヒナーの木版画を真似て、私も彫り跡を残した木版画を作っていました。ただし、キルヒナーの主題とする女性との関わりを描いたものや性的な表現は、私には不得意な分野で、技巧的にも内容的にも私の作品は稚拙で退屈だったと述懐していますが、数点の版画が人の手に渡ったことを私は今も憂いています。そんな私が注目してきた画家キルヒナーとムンクの対比が、本書で取り上げられていたので注目しました。それによるとムンクによる性の深淵にキルヒナーはやや稀薄ではあるけれども、同様な感覚を持っていたことが分かりました。文面を引用いたします。「ムンクの著しく神経的なものや、計り知れないものは、キルヒナーにとって、馴染みがたいものだったと思われる。というのも、『地獄の復讐の女神たち』に絶えず責めたてられ、『女難』に悩まされ続けたムンクほど、全体的に見てキルヒナーの人生の立場は、女性関係が複雑ではなかったからである。~略~キルヒナーの言葉で述べれば、とくにムンクは『人間性を強要して、より深く、自己内部へ眼差しを向けたことによって』、『人間的な根本真実』を言いあらわしたのだ。ムンクは、この人間的な根本真実を、すなわち世の中の機構を保っているあの強い性的衝動を、認識することを教えたと言えよう。~略~そしてキルヒナーも、自分が感じとった強いエモーションを、木版画の形式における絵画表現に置き換えようと試みた。こうして彼の木版画は、手段として、自分が直接的に体験したものを言いあらわし、性に関連した主題圏においても同様に言いあらわしたのである。」

関連する投稿

Comments are closed.