恒例の従兄弟会

正月は親戚が集まって旧交を温めるのが、日本の慣習になっています。最近は一人で正月を過ごす人が多くなって、古来からの正月の風景も変わりつつあります。それでも家族揃ってどこかへ出かける様子を見ると、年始は単なる休暇とは違う雰囲気があります。私たちは親戚が高齢化して実家に集まることが出来なくなり、その子どもたちで従兄弟会を結成して、都心の店を借り、親交を温める機会を持っています。もう何年くらい従兄弟会が続いているでしょうか。従兄弟会は家族連れが増えてきて、ますます賑やかになっています。今日は東京渋谷にあるイタリア料理店で従兄弟会を開催しました。これが正月に親戚の集まる唯一の機会で、集まった人のほとんどが7月に銀座で開催している私の個展にも足を運んでくれています。久しぶりと言うよりは半年ぶりに会っているので、気儘で気楽なつき合いになっているのです。仕事以外に気遣いしたくない自分にとって、とてもいい関係だなぁと思っています。せっかく渋谷に出てきたので、帰り際に大きな書店によりました。家内は猫と音楽関係の書籍を、私は美術関係と今年の目標にした現象学の書籍を買いました。現象学は哲学者フッサールかなぁと思っていて、数年前に読破したハイデガーの「存在と時間」に関連した現象学の部分を思い出しながら帰途につきました。

関連する投稿

  • 余白とは何か 学生時代に亡父の手伝いをしていました。亡父は造園業を営んでいて、数多くの庭石を仕入れて畑に置いてありました。その昔は丹沢の河川敷や真鶴へ石を探しに行ったこともありました。アルバイトとしてみれば稼ぎの […]
  • 朝夕の風景雑感 春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、目覚ましが鳴ってもなかなか起床できず、その分朝食は慌ただしい時間の中で済ませています。最近の調査で定時に朝食を取るかどうかで、生活習慣病に影響することが新聞に掲載 […]
  • 生活の豊かさを問う 「われわれが捨てたはずの、過疎に喘ぐ、消滅寸前の『ムラ』が、なぜ『豊か』なのか。ムラこそ、都市の豊かさでもって救われなければならない存在なのではなかったのか。都市の豊かさとは、われわれ自身が捨ててき […]
  • 何故奇想に惹かれるのか? フランドルの画家ボスやブリューゲルの奇想天外な版画を、先日まで東京で開催していた「バベルの塔」展で見て、空想の産物を面白がる気質が自分にはあることを改めて認識しました。現在読んでいる「奇想の系譜」( […]
  • 終焉までの道のり 現在哲学書を読み耽っているので、こんなことをテーマにしたわけではありませんが、どんなに贖ってもどんなに嫌がっても人には必ず死が訪れます。死を終焉として意識するのは動物の中で唯一理性をもつ人間だけです […]

Comments are closed.