2018年 元旦の風景

2018年になりました。新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。昨年も書きましたが、早朝、刻んだ餅と油揚げを半紙の上にひとつまみ置き、小さな稲荷の祠に供物として捧げることから、我が家の元旦が始まります。祠は自宅と母の実家の間にある雑木林の中に鎮座しています。何代か前の私の先祖が、廃棄してあった稲荷を拾ってきて祠を作ったことで、相原の家は栄えたのだと祖母が言っていました。当時、我が家は半農半商だったようで、商いとして祖父は大工の棟梁をやっていました。父は大工ではなく造園業に転じ、確かに羽振りがよい時期がありました。私はそんな環境で育ったにも関わらず、何故か安定した公務員になりました。ただし、不安定な芸術家にもなっていて、この先どうなるのか自分でもわからない状況です。元旦くらい先祖に従い、氏神となった小さな祠を大切にしていこうと思っています。昨年は工房の窯で陶彫焼成中だったために作業をしていませんが、今年は元旦から陶彫成形をやっていました。今日は午前中で作業は終わりにして、午後は毎年恒例になっている東京赤坂の豊川稲荷に出かけました。母の息災延命と家内と私の芸道精進を祈願して護摩を焚いてもらいました。小さなお札も購入して祠に入れておく予定です。ここまでが毎年やっている定番の行動ですが、今年は豊川稲荷のある赤坂見附から浅草に行きました。工房に出入りしている若いスタッフが浅草の染工房で働いていて、仲見世近くの店にいると聞いたので、様子を見に行ったのでした。彼女は外国人観光客のためのワークショップをやっていました。布のコースターに絵柄を染める作業を外国人の親子がやっていました。英語を操りながらサポートしている彼女は楽しそうに見えました。明日彼女は相原工房に来て、大きな自作に挑むようです。年末年始を休まないのは私も同様ですが、不安定な芸術家は心を安定させておく必要があります。明日の工房はいつも通りの制作三昧の一日になりそうです。

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