ワイドスクリーンの浮世絵師

浮世絵師歌川国芳は、魑魅魍魎が跋扈する世界を巨大な版画で表現した人で、現在読んでいる「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)のラストを飾っています。「国芳の創意は、ここで、三枚続きの画面の構図法に革命をもたらす。従来の三枚続きには、一枚刷りの組合わせという意識があって、それぞれ一枚が、独立して鑑賞できるように工夫されており、構図の全体的統一性が稀薄であった。これに対し国芳は、三枚続きの画面全体を、完全に一個のワイドスクリーンとして意識し、思い切った独創的構図をそこに展開する。もっとも特徴的なのは、怪魚や妖怪のクローズアップによる衝撃的な効果を狙った作品である。」私が嘗て見た作品がまさに文中にあるもので、怪魚が三枚の版木に大きく彫られ、極彩色に彩られた凄まじいものでした。葛飾北斎の構図にも奇想天外なものがありますが、北斎はあまりにも有名になって驚くに値しなくなっているため、最近発掘された国芳の方が衝撃度が強かったというわけです。国芳のギャク系面白世界にもうひとつ加えるとすれば、アルチンボイドのような合成された顔のシリーズがあります。西欧画が日本に入ってきた時代だったので、それを翻案し取り入れたのでしょうか。国芳は社会風刺にも関心があって、今でいう週刊誌のような「売り」を狙った作品もあったようです。文中から引用いたします。「江戸町人の人気を至上とする浮世絵師にとって、魅力的ではあるが避けたほうが安全なレパートリーに、武者絵や故事、風俗に託して政治風刺をする〈さとり絵(判じ絵)〉の分野がある。当局の目にとまらない程度に表現をぼかし、しかも買う人にはすぐ察しがつくようにしておくという、綱渡りにも似たこの仕事が、いかに危険な賭けであったかは、寛政の歌麿の投獄などの先例が示すとおりなのだが、幕藩体制崩壊も目前にせまり、ようやく騒然としてきた世相のなかで、日ましに高まる庶民の武家政治への不信の代弁者を買って出たのがほかならぬ国芳だったらしい。らしいというのは、彼が、事実上この仕事にコミットしながら、巧妙に振舞って、結局牢屋入りを免れているからである。」

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