平塚の「神山明・濱田樹里展」

先日、平塚市美術館で開催している「神山明・濱田樹里展」を見てきました。前のNOTE(ブログ)に書きましたが、既に逝去された彫刻家神山明の杉材を使った作品に、私は言いしれぬ思い入れを抱いています。木材が時代を経て古くなっていくことに私たちは懐かしさを感じます。架空都市のような舞台装置のような造形が、あたかも古代遺跡のように存在している彫刻群に囲まれていると、木材による不思議な温もりを感じずにはいられません。図録にこんな一文がありました。「神山芸術は、当初作品に自分自身や個々の人間を込め、後年は究極的に人と人の関係性や記憶を想起させるものへと昇華していったといえるであろう。こうして神山は、自らの作品が西洋的な彫刻の視点でみられることを是としながらも、その向こうにある、関係した記憶や人によって異なる物語ーそこへいくための装置なのだと結論付けるにいたる。」(勝山滋著)神山ワールドについては、後日もう一度取り上げたいと思っています。もうひとりの芸術家濱田樹里は、内省的な神山明とは正反対の表現を携えた画家なのではないかと思いました。壁を覆う巨大な横長の画面に、縦横に色彩が放出され、その爆発的なパワーはどこからくるのだろうと思わせる表現で、観る人を圧倒する力を秘めていました。インドネシア生まれの経歴を持つことがこの作家の方向性を決めていると、彼女の経歴を見て思いました。図録に平塚美術館の館長との対談が掲載されていて、本人の言葉がそれを物語っていました。「私の場合、東南アジアで生まれ育ち、ふたつの国を行き来した時期がありました。その事が自分のルーツを考えるきっかけになったのだと思います。美術の道に進んだ時に、日本の風土のなかで生まれた絵画的な技術とアジアの中の日本的な感性を持った自分のルーツが重なり合うことで将来のテーマになる予感がしました。」(濱田樹里の言葉)2人の造形作家の表現の相違と、それによる化学反応がお互いの存在感を高めていると感じ、この企画は刺激的で面白いなぁと思いました。

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