荒木高子「聖書」シリーズについて

陶の造形作家荒木高子は2004年に82歳で逝去しています。独特な雰囲気を持つ陶の造形を、私はどこかの展覧会で観たことがあり、忘れられない印象があります。生前の作家にお会いしたことがなく、評論家の文章でしか知り得ないのですが、凄みのある作家だったのかなぁと察するばかりです。この作家を思い出したのは現在読んでいる「芸術の摂理」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)に「荒木高子 神は死んだ 聖書も朽ちたか」の章があって、作品の印象が再度蘇ってきたのでした。代表作「聖書」シリーズは聖書がボロボロになって頽廃し、砂のように崩れ去る状況であったり、石が埋め込まれている状況であったりして、寂寥感漂う衝撃作です。「聖書」シリーズは捲れた頁に文字が印刷されているので、これが辛うじて聖書であることが認識できる作品で、全て陶で作られています。宗教性や精神性も問う作品ですが、作家は華道未生流宗家に生まれ、家業の傍ら絵画の修練を経て、アメリカに渡って彫刻も学んでいます。宗家から勘当されてもなお造形を続け、40代になって漸く「聖書」シリーズに辿り着いたようです。キリスト教信者でもない作家が何故聖書をモチーフに選んだのか、聖書という人類史最高の書籍に見え隠れする民族が翻弄された歴史観なのか、そこは作家のみぞ知るところです。「芸術の摂理」には作家の制作工程が掲載されていました。陶彫をやっている自分には大変興味のあるところなので、ここを抜粋いたします。「聖書制作の手順は、初めにペーパー作りである。薄い透明ビニールシートに磁土を挟んで圧延棒で磁土紙をつくる。ページになるものである。磁土は薄い透明ビニールシートの間に挟まれたまま、真空状態であるから空気に触れることがなく、乾燥もしない。しなやかなままである。次に、厚紙のカバーコートに貼り付けておいた文字フィルムを水に漬けて剥がし、磁土を挟んだビニールシートの上へ貼付する。文字フィルムの裏には僅か樹脂糊が残っているのでビニールに膠着する。つまり、磁土紙を挟んだビニールシートの上に、文字フィルムが重なっているのである。シートと文字フィルムは窯の中の低温段階で溶けてやがて高温で気化してしまう。そして、その後の高温焼成で磁土紙自身が焼成されるというわけである。」(柴辻政彦著)

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