散歩から発想する造形

もう30年も前の話ですが、ウィーン国立美術アカデミーに通っていた私は、憧れの留学が叶ったにも関わらず、現地の学生となかなか馴染めず、ドイツ語を使うのも億劫だったため、語学は一向に身につきませんでした。私は外向的ではないことを実感し、アカデミーの工房で石膏直付けをやりながら、早めに学校を出るのが日課でした。イリーナという女子大生からよく声を掛けられていたのに、今一歩積極的になれなかったのは今思うと残念でした。当時の私の精神安定剤は旧市街の散歩で、路地という路地は隈なく歩きました。西欧の街はどこも散歩に適していて、石畳や石壁が織り成す風景に絶妙な情緒を感じました。上塗りした壁が崩れたところから古い壁画の一部が見えたりしました。西欧の街並みは風化した壁面が美しいのです。西洋絵画に見られる遠近法や陰影の捉えがこうした風景から発想されたのだろうことは明らかです。学問に見られる西洋流の構築的な論理も住環境が影響していると思っています。私の造形イメージは散歩によって培われたと言っても過言ではありません。構成する壁の角度、建造物の装飾や都市の計画性など風景の断片が、知らず知らずのうちに自分の中に取り込まれていたのだろうと思います。鬱積した不安を抱えながら、風景を取り込む意図などなかった当時の自分ですが、ウィーンの旧市街が土台になり、その後トルコ・ギリシャのエーゲ海沿岸で遭遇するヘレニズムの遺跡の数々が、現行の「発掘シリーズ」を導き出しました。石造を陶に替えて、単体ではなく集合体で場を創出する自作がこうして誕生したように思います。

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