「現な像」読後感

「現な像」(杉本博司著 新潮社)を読み終えました。著者杉本博司氏は、私が以前から注目している現代美術作家ですが、文筆家としても優れていると思いました。本書は「新潮」に連載した随筆をまとめたもので、杉本氏は古美術商を営み、写真家としても現代の側面を切り取る鋭い表現力があって、展覧会があれば必ず見に行く作家の一人です。「現な像」は著者本人の生い立ちや歴史的な興味関心事にも筆が冴え、私が苦手とする第二次大戦後の日米両国に纏わることにも触れていました。現代を見極めるために、古代から近現代史に至るさまざまな事象に論点を与えることは、美術という表現を突き詰めていく上で必要なことだろうと思います。もはや現代社会は美術だけが至上主義的に突出しているものではなく、縦横断分野の関連の中で発言・発表しうるものだからです。その中で私は「射干玉の闇」の章にあった一文に目が留まりました。「折口信夫が語りかける死者の声。大津皇子が蘇る、はざかいの、絶え絶えの息。その息が発するいにしえ人の言霊。私は折口信夫が今という世に生きながらにして、その全身全霊が古代人に生まれ変わっていることを、この小説を読む度に戦きをもって実感する。~略~私は現代美術の作家として、自我の発露として作品を作りえるのではない。私の自我は、長い民族の歴史の果てにたどり着いたこの地で、見失ってしまった遠い祖先の地を垣間みるための、盲人の白い杖にすぎない。」この一文で思い出したことがありました。折口信夫著「死者の書」の文庫本が自宅のどこかにあったはずなのですが、見つかりません。学生時代に読もうと思って途中放棄した書籍でしたが、この機会に再読しようと思ったのでした。一冊の書籍から次の書籍へ、私の読書癖はこうして繋がってきたように思います。

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