週末 修了制作展&博物館散策
2017年 1月 28日 土曜日
週末になり、今日は前から予定していた展覧会に家内と出かけました。東京上野にある東京藝術大学美術学部の卒業・修了制作展に、工房のスタッフが出品していたので見に行ったのでした。彼女は校舎の一室を使って床置きの大きな凸面の作品と壁掛けの小さな作品を展示していました。部屋全体を真っ暗にして、照明によって2点の作品を浮かび上がらせていました。細密な描写を施した表面を、斑に染めた半透明な布で覆い、重層的な深みのある世界を表現していました。命が蠢く様子を捉えていて圧巻でした。彼女に会った後、藝大の中を見て周りました。一昨年行った都内の美術大学でも感じたことですが、藝大でも予想通りインスタレーションが数多くあって、昨今の学生作品の傾向が現れていました。藝大生にしろ美大生にしろ、私は空間把握の経験値の少ない者がインスタレーションをやることに疑問を呈する一人です。空間としての捉えに一過性を感じてしまうからです。継続深化していく造形哲学がないうちは、内なる世界を見つめ、形態内に精神の瀬戸際まで自分を追い込んでいった方が、結果的には広がりのある世界を獲得できるのではないかと思うのです。その中でも才能を感じさせる表現もありました。手前味噌ですが、工房に出入りしている彼女もその一人です。そんな学生たちも、いざ卒業してしまうと創作環境がままならず、自分の意思に反することが増えてきて、アートの世界から離れていく者もいます。社会的なニーズのないモノを作っている者の宿命ですが、その逆境に挫けずに創作を極めた者だけがアーティストとして、いずれ芽が出ることになるのかもしれません。そんな訳で藝大や美大の卒業制作展に足を運ぶと、自分は複雑な心境に苛まれます。自分も経験した苦いキャリアがあるからで、どんなカタチであれ生涯に悔いを残さないように祈るばかりです。上野を後にして、私たちは渋谷に向かいました。國學院大學博物館で開催中の「火焔型土器のデザインと機能」展を見たいと思っていて、果たして期待は裏切られずに見応えがありました。嘗て新潟の十日町市の博物館で見た記憶が甦り、気持ちが充満して心地良いひと時でした。詳しい感想は後日改めたいと思います。今日は早朝工房に出かけて明日の陶彫成形のためにタタラを準備しましたが、それも含めて大変充実した一日を過ごしました。