橫浜の「エッシャー展」

既に終わってしまった展覧会の感想を述べるのは恐縮ですが、旧知の作品が多い有名な版画家の印象を改めて書きたいと思いました。オランダ人版画家M・C・エッシャーの作品を、私がいつ頃知ったか今も鮮烈に覚えています。私は高校3年生になってから工業デザイナーを目指して東京の予備校に通い出しました。ちょうどその頃、予備校でデッサンや色彩構成を教えていた講師の方々に、エッシャーのトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画を見せられて、その巧みな構成に衝撃を受け、暫し画面から目が離せなくなりました。鳥から魚に変容する画面、蜥蜴の嵌め込まれた絵から立体的な蜥蜴が現れる画面、黒い人物と白い人物が嵌め込まれた絵から浮き出して反対方向に歩き始め、円形の池を回ったところでお互いが出会って握手する画面、登っても登りきれない階段、永遠に流れ続ける滝、その作品ひとつひとつが10代の自分には信じ難い画面構成を印象づけました。自宅の書棚にはエッシャーの画集が何冊かあります。展覧会の度にエッシャーの画集を買ってしまうのが私の癖になってしまいました。そんな経験があったので、横浜そごう美術館で開催されていた「エッシャー展」に行こうかどうか迷っていましたが、結局行くことに決めました。ここで注目したのは初期のイタリアの風景を描いた作品でした。初めて見る作品もあって、丘に建物が並ぶ風景は私を虜にしました。トロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に辿り着くまでに、独特な遠近法で風景を捉えたエッシャーは、木版技法にも独特な線描をもち込んでいます。最終的にはトロンプ・ルイユ(騙し絵)の版画に全て生かされるこれらの方法の芽生えに、私の興味は尽きません。架空都市を彫刻で作っている私は、現実の都市を架空化してしまうエッシャーに憧れを抱いています。大学に入って初めて行ったエッシャーの展覧会で、書籍の他に購入したものに大きなポスターがありました。「四面体の小惑星」という木版画のポスターでした。それを自分の部屋にしばらく飾っていて、形態の不思議さを朝夕眺めていました。模倣を可能にする能力を持ち合わせていない自分は、彫刻が抽象化に進む際に、そのポスターが頭を過ぎり、自分なりの抽象へ向かったように記憶しています。抽象化は日本の自宅から遠く離れた海外で行いましたが、日本での記憶の糸が繋がっていたのかもしれません。

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