ティツィアーノの「受胎告知」
2016年 8月 3日 水曜日
東京六本木にある国立新美術館で開催中の「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」展には、ティツィアーノの祭壇画「受胎告知」が初来日しています。私が見に行った時も多くの鑑賞者が「受胎告知」の部屋で足を止めて、熱心に見ていました。ヴェネツィアのサン・サンヴァドール聖堂は、昔自分がヴェネツィアに行った際に訪れているかどうか定かではありません。ということはサン・サンヴァドール聖堂にある祭壇画「受胎告知」は自分は初めて見たのではないかと思っています。まず画面の大きさに圧倒されましたが、左側にいる大天使ガブリエルの存在感、右側のマリアの耳元のヴェールをつまんでお告げを聞く姿勢が、ちょうど劇でも観ているようなドラマ性を感じさせました。そこには「色彩の錬金術」と賞賛されたティツィアーノの面目躍如たる豊かな色彩世界が広がっていました。図録によると貴族や裕福な市民は寄進によって祭壇の保有権が獲得できたようで、「受胎告知」は大商人によって依頼されたものでした。さらに図録に面白い記事がありました。「芸術家列伝」(初版1550年)を著したヴァザーリが書いた一文で、初期のティツィアーノは細部も入念に描いていて賞賛に値するものだったが、晩年になるにつれ、筆致が粗くなり、ヴァザーリが戸惑う面が見られるのです。たとえば「老いによって不完全さに陥ることのなかった最盛期にあれほどの名声を得たのだから、いまさら出来栄えの劣る作品を描いて自らの名誉を損なわないために…」とあります。当時はティツィアーノの画風の変化をこのように捉えられていたようですが、現在からすれば「対象の自然主義的な再現を超えた、神秘的で霊的な絵画空間が経験されるのであり、80歳を過ぎた大画家が最終的に到達した深遠な精神的境地として畏怖の念をかきたてるのである。」(越川倫明著)というような評価がされています。私も実際に鑑賞して「受胎告知」に精神性を感じとることができました。