「法悦のマグダラのマリア」雑感

東京上野の国立西洋美術館で開催中の「カラヴァッジョ展」で初公開された「法悦のマグダラのマリア」には大勢の鑑賞者が集まっていました。展覧会の目玉になる注目作には後光が差すような特別な雰囲気が漂っているのを感じるのは私だけでしょうか。「法悦のマグダラのマリア」はローマの個人蔵で、カラヴァッジョの真筆と認められた作品です。陰影のバリエーションはまさにカラヴァッジョの世界そのもので、その淫らとも感じられる姿態さえ、陰影に沈んだ頭部や手の表現によって、崇高な女性であるのを印象づけます。別の画家が同じポーズで描いたなら、きっと艶めかしくなってしまうところを、カラヴァッジョ流の深遠な闇が覆い、上向いた女性の風貌に光が灯ったように、私には感じられるのが何とも不思議です。「法悦のマグダラのマリア」は1606年の作とされています。これはカラヴァッジョが殺傷事件を起こした年と合致します。図録によると殺傷事件の後、逃亡先で本作を描いたものであろうと記されています。であるならば、本作を描いている時のカラヴァッジョはどんな心境だったのでしょうか。さまざまな宗教画を枢機卿に贈り、絶望の中で恩赦を求めていた画家の悲痛な叫びがあったとする一文が図録にあります。喧嘩が絶えなかった特異な画家ではあったけれども、カラヴァッジョは天から希有な才能を授かった画家でもありました。今日私たちが鑑賞することができる溜息が出るほど素晴らしい珠玉の絵画の数々は、決して長くはなかった画家人生の中で、不安と懺悔に駆られながら才能を開花させた命の燦めきなのかもしれません。

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