上野の「若冲展」雑感

伊藤若冲は1716年京都の錦小路にあった青物問屋「枡源」の長男として生まれ、1800年に84歳の長寿を全うして世を去った奇想の画家でした。若冲は当時京都で活躍していたようですが、没後埋もれてしまい、同時代を生きた円山応挙のように歴史に名を残すことがなかった画家でした。そのためか私が伊藤若冲の名を知ったのは、そんなに昔のことではありません。アメリカ人ジョー・プライス氏の日本画コレクションの「鳥獣花木図屏風」がテレビで紹介され、その奇想天外な作風に驚いたことが、若冲を知った契機でした。それがいつ頃だったのか記憶にありませんが、私は既に公務員として仕事をしていました。「鳥獣花木図屏風」のモザイクのような摩訶不思議な雰囲気に、現代流の新しさを感じたことで強く印象に刻まれました。暫くして若冲の動植物を描いた作品に触れて、その卓抜した描写力と表現力に目を見張りました。これは単なる写実ではない、象徴として捉えた超現実主義的な世界だと感じ、この時も魂が揺さぶられました。この心の琴線に触れるものは何なのか、それを感じたのは私一人ではなかったようで、やがて若冲ブームが到来しました。現在、東京上野の東京都美術館で開催されている「若冲展」には多くの人が押しかけています。円形スペースに展示された「釈迦三尊像と動植綵絵」33幅は圧巻でした。若冲が40代前半から50代前半にかけて10年を費やした迫真のあるシリーズは、まさに若冲が渾身を込めた代表作と言えます。私が訪れた日も「釈迦三尊像と動植綵絵」の前に多くの鑑賞者が集まっていましたが、人を上手に掻き分けて、私は執念をもって隅から隅まで舐め回すように見てきました。「鳥獣花木図屏風」も来日していました。私の後方で若い男女が「若冲の空想の動物の目はみんな可愛い三日月型をしているよね。」と面白いことを呟いていました。成る程、確かに空想の動物は特徴的な目をしているなぁと思いました。若冲の超現実的キャラが現代の大衆に受けているのも、こうしたユーモアと独創性があるからこそ、カワイイ文化ともオタク文化とも融合できているのかもしれないと思ったのでした。

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