「嶋田しづ・磯見輝夫展」雑感

先日、横須賀美術館で開催されている「嶋田しづ・磯見輝夫展」に行ってきました。現存する画家・版画家の旧作から新作まで含めた大がかりな展示は、その作家の歩んだ道を達観できる良い機会でした。画家嶋田しづ氏は長年パリで暮らし、西欧の画壇の中で自己表現を培ってきた人のようです。図録によると海外生活での苦労を厭わず「サロン・ドートンヌ」に出品を重ね、キャリアを積んでこられたことが分かりました。抽象性のある形容しがたい構成と色彩は「キャンバスを前にして自然に湧いてくる」そうです。さらに「とにかくシンプルな空間とかたちを通して心の底のエスプリを表現したいのだ」と本人の弁が図録にありましたが、作品から豊かな世界が広がり、中間色の組み合わせが快く響いていると感じました。一方、モノクロの版画家磯見輝夫氏の大型木版画に、私は学生時代に多大な影響を受けました。図録によると私が当時憧憬の的であったドイツ表現派とは縁はなく、杉板に「彫り進み」という技法で直接挑んだことで、異界の世界に存在する女性像を表現するに至ったようです。「『彫り進み』の技法で制作してきて、摺りを重ねるということは間接的になりすぎる気がだんだんとしてきました。やはり木版は一版じゃないと駄目だと思って、少しずつそれに近づけていったのです。版の重なりの表現よりも、一版での力強さの方に興味が移りました。」という本人の弁が図録に掲載されています。木のもつ素材感を引き出し、原始的生命感を版画に宿す磯見流スタイルがここから見えてきます。展覧会をざっと見渡して、自分は女性像のいなくなった最近の木版画に興味を覚えました。集中する視点が曖昧になったことで、さらに微妙なニュアンスが感じ取られ、木版画は抽象とも具象とも説明のつかない不思議な空間に支配されていました。その美しさに感動しました。

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