映画「草原の実験」について

ロシア映画「草原の実験」は衝撃作として国際映画祭で数々の賞を受けました。ラストに襲いかかる衝撃があるからこそ成り立つドラマであることには違いありませんが、そこまでに至る穏やかで繊細な心理を反映した物語は、その細かな情景で私を魅了し続けました。大草原に立つ一軒の小さな家、そこで暮らす父と少女、毎日どこかへ働きに出かける父を見送る少女、彼女に仄かな恋心を抱く幼なじみの少年、そこに現れた凛々しい瞳をもつもう一人の少年、清楚で美しい少女を巡る三角関係、全編を通して台詞はありません。関係が近ければ意思の疎通に必要な言葉は要らなくなると確信するほど、各人の表情が豊かで雄弁に物語を語っています。私は少女の自然な振る舞いに引き込まれました。14歳の大人とも子どもともとれない微妙な年齢と朴訥な仕草、美しい容姿に何かを含んだ表情、これはプロの女優ではないなぁと直感しましたが、編集によって素の表情を繋ぎ合わせたことをパンフレットで知って、ひとつの映像表現を得るためのスタッフの見えざる努力が理解できました。そうした美しい風景の中に展開する些細なドラマを全てひっくり返すのはエンディングですが、その不穏な捨石が映画の随所に用意されていました。父が大雨に打たれながら家の外で裸にされ、武装した男たちに探知機で執拗に調べあげられるシーンや、父が亡くなり家を出て行く少女の前に立ちはだかる有刺鉄線、これは何を意味しているのでしょうか。旧ソ連は1949年から89年まで468回の核実験を行い、住民への避難勧告がなされなかった事実があります。そんな背景を通して、この映画が伝えたかった現実が浮かび上がってきます。この映画は決して牧歌的なものではなく、残り数分に主張の全てを盛り込んだ映画だったと思っています。

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