映画「裁かれるのは善人のみ」雑感

表題はロシア映画で、原題を「LEVIATHAN」(レヴィアタン)と言います。これは旧約聖書に登場する海中の怪物や悪魔のことです。映画のポスターに使われている浜辺に打ち上げられた白骨化した鯨が、それを象徴しているのでしょうか。日本語になった題名は物語を端的に語っています。ロシア北部の鄙びた海沿いに住む自動車修理工の朴訥な主人公と実の息子、美しい後妻の3人家族が慎ましく生活している様子がまず映画に登場します。この土地の買収を巡って悪事を極める市長と立ち退くことを拒否し続ける家族の対決が物語の発端になっています。主人公は友人の弁護士を都会から呼び寄せ、市長の悪事三昧を暴き、それによって裁判を有利にもっていこうとしましたが、市長から手段を選ばない圧力がかかり、それによって家族が崩壊していく過程が描き出されていきます。それは地方行政に留まらず、宗教や政治体制の在り方までも映画の主題として扱われているように思います。権力と教会が結託した政治腐敗を描いたこの映画が、よくぞ禁止されることなく、またカンヌを初め国際的な映画界で礼賛されていることに私は驚き、また社会背景とは別に芸術作品として評価された素晴らしさを同時に感じました。ラストの教会での説教は、観ている私の感情を上滑り、市井の善人の抗う事の出来ない権力に対し、宗教をどう捉えたらいいのかという疑問も投げかけました。やるせない映画、これが「裁かれるのは善人のみ」の雑感です。ただし、ロシアの自然はどこまでも美しく、荒涼とした入り江に放置された廃船や、主人公の住む家が心地よいので、映画自体は気品のある作品に仕上がっていると思いました。横浜のミニシアターで観る映画は、表現力に溢れた芸術性の高いものが多く、往年の映画ファンらしい観客に支えられていると、この晩も思いました。娯楽性が乏しくても、また観に来たいと思わせる作品が多いのです。

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