兵士が彷徨うリアルを描く「野火」

久しぶりにミニシアターに足を運びました。横浜の下町にあるシネマジャック&ベティは、自分にとって行きつけの映画館と言っても差し支えないところです。今回は家内とレイトショーで塚本晋也監督・主演による「野火」を見てきました。聞きしに勝る表現力に感銘しました。これは商業映画ではありません。採算が取れるかどうかわからない内容だからです。しかしながら監督の真摯な思いが詰まった迫力と凄みが伝わる映画だと思いました。舞台はフィリピンのレイテ島、時代は第2次世界大戦末期、状況は敗戦の色濃くなった日本軍兵士が密林を彷徨い歩くうちに精神を冒されていく過程を、主人公である一等兵の眼を通して描いていくものです。主人公は結核を患い、部隊を追い出され、野戦病院にも入れてもらえず、密林を彷徨います。他部隊と合流したり、敵の砲弾を浴びているうちに、飢えと疲労に苛まれ、屍と化した多くの兵士に心が動かなくなっていく様子が、極めてリアルに描かれています。レイテ島の美しい自然と血生臭い人間の無意味な行為が対比されて、明快な映像的構図に観ている私は何度もハッとさせられました。大岡昇平著「野火」の原作の中で、塚本監督が描きたかった真実とは何か、執拗に繰り返される人間の彷徨いにどんな意図があるのか、過激な描写も全体的構図の中では突飛なものと感じさせないのは何か、戦争という行為はこういうことだと主張する説得力が、この映画全編に亘って存在し、私たちに写実性を持ってヒタヒタと迫ってくるのです。明日は終戦記念日です。総理の70年談話も発表され、安保法案に揺れる今だからこそ、この映画を観てみたかったと自分は思っていました。タイミングを合わせて今晩見れて良かったと感じています。

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