シュルレアリスムに導かれる今月

東京国立新美術館で久しぶりに見たマグリットの世界、現在読んでいるフロイトの「夢解釈」、どうしても今月はシュルレアリスムに導かれている1ヶ月と言えそうです。このNOTE(ブログ)に幾度も登場したシュルレアリスムですが、繰り返し自分の中に存在を示す美術界の潮流に、自分は頭のどこかで今も囚われているのかもしれません。アンドレ・ブルトンの著作も数多く読みました。シュルレアリスムの定義なるものは、よく知っているにも関わらず、その代表作を見ていると不思議に心が高揚し、新鮮な気持ちになるのは何故でしょう。シュルレアリスムの潮流を纏った作品は、自分の中では古典です。その古めかしさが今となっては新鮮なのかもしれません。発表当時は物議を醸し出したマグリットやダリは、寧ろ自分に心の平安を与えてくれる作品です。まだ当時は平面や立体といった領域を抜け出ていなかった表現に安心を得るのかもしれません。

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