「非ー自我としての無意識」

表題にある「非ー自我としての無意識」というのは、近代的な自我や内面の成立のことを言います。現在読んでいる「風景の無意識 C・Dフリードリッヒ論」(小林敏明著 作品社)はフリードリッヒに代表されるロマンティック絵画が、当時の時代背景や近代の物質的・思想的発展から生じた人の内面に向けられた眼に対し、それが絵画を評論する上で欠かせない要素になっていることを論じています。文中のコトバを借りれば「いわゆる『内省』とか『反省』と呼ばれるものが自然観察の対現象のようにして生じてくる。ただし、これにはひとつの条件がなければならない。それは離れる『社会や人間関係』がすでに自然と明確なコントラストをなすほどに発展していなければならないということである。鄙びた農漁村のように、人間関係やその生活形態がいまだ自然と密接に関わりを保持しているところでは、たとえ豊かな自然を前にしても、そこに『孤立』が生じる余地がないからである。言い換えれば、こうした自然を前にしての孤立が可能となるのは、その逆に社会や人間関係がすでに自然から乖離した都市化をこうむっていなければならないということである。その原因は言うまでもなく産業資本主義の発達である。」というのは、「非ー自我としての無意識」を自然の中で感じ取るのは、近代都市として発展してきた社会構造が成熟するにつれ、人が内面に向かうことが出来るというものです。そこから崇高という概念が生まれたり、芸術を取り巻く思索が生まれる契機になったことを知りました。

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