「存在と時間 Ⅰ」読後感

やっと「存在と時間Ⅰ」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)を読み終えました。新しい哲学書に挑むときは、まず頻出する独自解釈を課している語彙に慣れなければなりません。語彙に慣れてくると次第に論拠とするところが理解できるようになります。著者によって本質へのアプローチが千差万別と言っていいほど異なるからで、第Ⅰ巻で苦労するところはそんなところにありました。1976年まで生きた哲学者ハイデガーは最近の人で、「存在と時間」は比較的新しい著作と言えます。確かに文中にある具体例に古さはありません。頻出する語彙で言えば、現存在や世界内存在、道具的存在者、環境世界性、配慮的気遣い等々読み進んでいくうちに当の語彙が何を意味するのかが解ってきます。ただ、さらりと読めるモノではなく、全体として拘りの強い文章で構成されているため、行きつ戻りつして少しずつ噛み締めるように読みました。第Ⅰ巻のまとめにはなりませんが、頻出する語彙の例えとして以下の文章を引用します。「現存在は世界の内で本質上そのつどすでに存在しているのだが、そうした世界のこのように構成されている世界性が環境世界的な道具的存在者を出会わせるのであり、それも、配視的に配慮的に気遣われたものとしてのそうした道具的存在者といっしょに、他者たちの共現存在が出会われるというふうに、出会わせるのである。」この一文は現存在が他者との関わりを示す論考部分で、第Ⅰ巻の最終章になっています。

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