「表象の多面体」読後感

「表象の多面体」(多木浩二著 青土社)の中で取り上げられている4人の芸術家に纏わる印象的な文章を掲載します。「この危うくも建っている七つの塔は、たしかにその危うさのなかに視覚的な秘密の言葉をもっている。廃墟とは、ここに起こったことではない。われわれはかつて起こったことを忘却して、未来をつくることしか考えてこなかったのである。だがそうはいかない。ほとんどナンセンスにしか見えかねない力業を行使して何に到達しようとしているのか。これは芸術にしかありえない表象なのだ。一方には現実の破綻、他方にははじまりとしての神話、この両方のパラドックスとしての歴史の物質的エネルギーを目に見えるものにしようとするとき、未来はこうした廃墟の姿を身に纏うものではなかろうか。」芸術家キーファーの「天の王宮」という作品に関する評論の抜粋です。次に写真家ジャコメッリに関する評論の抜粋を引用します。「若いときに初めて老人ホスピスを撮ったときに感じた『老い』の孤独と、自分自身がそこで眺めた老人たちの齢になったときに感じている『老い』への怖れとは、当然、異なる。『死』はもはや『他人の死』ではなくなりつつある。ジャコメッリの傑出した点は、死すべき人間の生きようとする努力について考えることが生涯の主題だったことである。」続いて写真家アヴェドンに関するものです。「アヴェドンは、人間はどのようにして人間性を保つのかという問いを早くから抱いていたようである。彼の社会性をうんぬんするよりも、彼の肖像写真を成り立たせたのは、こうした人間への関心である。」最後に建築家コールハース自身が語った言葉を引用します。「私にとって興味深いのはモダニズムとモダニゼーションという二つの言葉の違いです。モダニズムは芸術運動で、芸術に教条化しがちです。モダニゼーションは、ある地域が近代の新しい状況に適応する過程です。ニューヨークの近代化は知的な制御なしに生じました。ヨーロッパには理念としてのモダニズムがありました。私がニューヨークで夢中になったのは起こっていることの背後に、本当になにがあるのかを分析することでした。近代主義は近代化を抑圧したといえます。」以上が自分の印象に残った言葉ですが、取り上げられている4人に共通する要素は見つけにくく、多面体という表題が示すとおり表現の拡散を、敢えて著者が選んだといえ、表象の異なる批評の幅広さに驚かされました。

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