「夜と霧」尊厳ある場面

「収容所に入れられ、なにかをして自己実現する道を断たれるという、思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況、できるのはただこの耐えがたい苦痛に耐えることしかない状況にあっても、人は内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、満たされることができるのだ。~略~愛は生身の人間の存在とはほとんど関係なく、愛する妻の精神的な存在、つまり『本質』に深くかかわっている、ということを。愛する妻の『現存』、わたしとともにあること、肉体が存在すること、生きてあることは、まったく問題の外なのだ。~略~愛する妻が生きているのか死んでいるのかは、わからなくてもまったくどうでもいい。それはいっこうに、わたしの愛の、愛する妻への思いの、愛する妻の姿を心のなかに見つめることの妨げにならなかった。」引用が長くなりましたが、現在読んでいる「夜と霧」(ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳 みすず書房)の中で、家畜同様に扱われている被収容者たちの壮絶で悲惨極まる状況にあって、この一文は自分の心に深く刻まれました。夫婦が生きて再会するというレベルを超え、極限状態にある人間の尊厳のある場面が述べられていて、愛とは何かを考えさせられる珠玉の一場面だと思いました。

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