理性と概念について

「意志と表象としての世界」(A・ショーペンハウワー著 西尾幹二訳 中央公論社)を読んでいると思わず惹きこまれる箇所があります。本書の大きな単元をまとめ上げることは私には到底無理で、気に留まった箇所を抜きだしてまとめていきたいと思います。「人間は現在と同時に未来にも、過去にも生きるのである。動物は瞬間の欲求を満足させている。しかし人間はきわめて技巧的な準備をととのえて、自分の未来を心配するし、それどころか自分の体験できない時代を心配することさえある。動物は瞬間の印象にとらえられ、直観的な動機の影響にすっかり身を奪われている。しかし人間を規定するのは抽象的な概念であって、これは目先のことに左右されない。人間はそれゆえに、よく練られた計画を実行したり、あるいはまた、環境や瞬間の偶然の印象にとらわれることなく、格率に従って行動したりする。だから、例えば従容として自身の死のために精巧な準備のできるのも人間であり、他人には探知できないほどに自分を擬装してみせたり、自分の秘密を墓場まで持っていったりできるのも人間なのである。」動物と人間の相違を述べた箇所ですが、そこに理性や概念が出てきます。「人間が動物にまさっているあの特殊な精神力、『理性』とよばれる精神力から派生したことは、どの時代でも、どの民族でも一致した見解といっていい。人間は誰でもこの能力の現われを認識するすべをもよく心得ている。また、理性が人間のこれとは別の能力や性格とぶつかりながら現われ出てくる場面では、何が理性的であり、何が理性的でないかを言うすべを心得ていよう。」次に概念についての箇所です。「概念は、これまでみてきた直観的な表象とはすっかり種類の違った、独特な一つの部門であって、人間の精神の中にだけ存在している。それゆえ概念の本質に関して、直観的な、厳密に明証的な認識を手に入れることはけっしてできるものではなく、せいぜい抽象的な、論証的な認識しか手に入らない。」以上が理性と概念について書かれたところで、この論考を基に「関係」やら「知」や「情」やらが登場してきます。このまとめは自分が整理するためにやっているようなもので、NOTE(ブログ)にアップするのは甚だ遺憾ではありますが、自分なりのメモとして利用させていただいております。

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