「ヨーゼフ・ボイスの足型」読後感

「社会彫刻というのが、今日のテーマです。社会彫刻ということに関して、ボイスは『拡大された芸術観念』ということを言うわけなんですけれども、どうしても『芸術概念』という言葉を使うもんで惑わされてしまって、僕たちは芸術というものが、モダニズムの芸術から何か違った形に概念が拡大されたんだと解釈してしまうんです。そうではなくて、ベクトルが全部正反対で出来上がっているんです。社会の全活動を、芸術゙創造性゙として捉えているわけです。今僕たちがここで話し合っていることが即、社会彫刻に参加しているんだということです。~略~ボイスは二十一世紀の人類に必要なのは、環境を破壊することのない、人間を含む生物に対して善となるような共同活動を、今の芸術家が提案していく時なのだと訴えているといえます。ボイスの生涯は、軍事的な東西の対決に人類が血道を上げているうちに、全人類の基盤である地球そのものが、緑地の破壊によって崩壊してしまうことを警告しつつ、行動を通して少しずつ社会改革を推し進めた生涯だったといえるでしょう。」(若江漢字著部分)「あらゆる作家の創意は、いずれも芸術史の大いなる風土に発生した種子の一つなのです。それぞれ固有の生成をなす。だからボイスの創意や構想の一端をつきとめることはできても、あなたの(若江氏の)作品をそれに従わせることはできないのだから…。」(酒井忠康著部分)2人の共著による「ヨーゼフ・ボイスの足型」を読み終えました。2人が言わんとする箇所を選び、ボイスの存在について考えさせられました。さらにボイスのことを知りたくなったので、関連する書籍を探してみようと思っています。

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