欠如を補う行為

情緒が安定しない時は、周囲の人とも良好な関係が保てず、バランスを欠いていることすら気付かないことがあります。そうした中で何かを見出すことは難しいと思います。自己の内面を吐露する創作活動でさえ情緒が安定していることで凝縮した世界が表現できると考えます。才能に絶望して自ら命を絶つ芸術家がいますが、狂気となるのは一時だけで、咄嗟の出来心が悲劇を生むのではないかと推察いたします。創作は心の安定の上に立って、さらにそこに欠如を見出し、それを補う行為だと自分は考えます。逆に全て満たされては創作する魂を失い、駄作に甘んじてしまうとも考えられます。欠如を補おうとして何かを渇望し、尋常ではない集中力をもって作られたものは、鑑賞者の心を揺さ振るパワーが宿ると自分は信じています。欠如を補う行為、これが創作に限らず、全てのパワーの源かもしれません。

関連する投稿

  • 三連休 香川県高松へ 三連休の初日です。今日から家内と1泊2日で香川県高松へアートに触れる旅行に出かけることになりました。羽田空港発9時25分、ほぼ1時間程度で高松空港に到着しました。リムジンバスに乗ること40分、高松市 […]
  • 異文化に寄り添う心 相原工房には中国籍の若いアーティストが出入りしています。彼女は美大の大学院生ですが、この春からその美大に就職することが決まり、引き続き通い慣れた大学に勤務することになります。彼女はグラフィックデザイ […]
  • 「千利休 無言の前衛」読後感 「千利休 無言の前衛」(赤瀬川原平著 […]
  • 創作活動は信仰か? 私は特定の宗教を持っていません。実家の菩提寺は浄土宗ですが、私はとりわけ仏教に関心があるわけではなく、葬祭の時にだけ祖先の墓がある菩提寺に行く程度です。ついでに墓参りも疎い方ですが、最近は墓に行くと […]
  • 映画「創造と神秘のサグラダ・ファミリア」について 私が家内とスペインのバルセロナを訪れたのは1981年だったと記憶しています。当時ウィーン国立美術アカデミーに籍があった私たちは、その夏にユーレイルパスを使って南欧に旅立ったのでした。目指したのはポル […]

Comments are closed.