土方巽「病める舞姫」を読み始める

今は亡き舞踊家土方巽の舞台が見られなかったのが、自分にとっては返す返すも残念でなりません。とは言え自分が表現活動に目覚めた時には、土方巽は自らの出演を辞め、振り付けや演出をやっていました。自分は20代初めの頃、「天井桟敷」や「状況劇場」といったアングラ劇をよく観ていて、大学の帰りに渋谷の天井桟敷館や新宿の花園神社にあった赤テントに足繫く通っていました。暗黒舞踊という言葉や土方巽という名前を知ったのもその頃でした。自分にとっては写真や評論でしか知らない伝説の舞踊家として土方巽は存在していました。手許にある「病める舞姫」(土方巽著 白水社)は限定復刻版で、古い印刷字体に土方独特な感覚が滲む文章です。舞踏の斬新さと土着性が共存する土方巽ワールドに暫らく心を委ねてみたいと思います。

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