「右手と頭脳」の読後感
2011年 3月 10日 木曜日
ドイツ表現主義の代表格とされる画家エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー。数少ないドイツ表現主義関連の翻訳本の中で、この「右手と頭脳」(ペーター・シュプリンガー著 前川久美子訳 三元社)にめぐり合えたのは幸いでした。かつてのブログに書いたように、キルヒナーに関する書籍は滞欧時代に購入しているものの、ドイツ語を読み解く気にならず、表現主義の時代を想像するに留まっていましたが、キルヒナーの代表作「兵士としての自画像」を中心にした論評を読んで、キルヒナーの人生や彼が生きた時代背景がよくわかりました。「兵士としての自画像」には画家としての致命傷とも言うべき右手を失った自画像が描かれています。背後に裸婦の絵があって、そのイメージの謎解きに引き込まれました。実際にキルヒナーは右手を失ったわけではなく、画家としての生命を絶たれた暗喩として描いています。では背後の裸婦像は何か。志願兵として軍服を着たものの兵役に合わなかったキルヒナーが、そこから逃れるために敢えて自分を衰弱させ、軍医に掛け合って休暇をもらったりしていたことがあり、「キルヒナーは、自分がもっとも劣った兵士よりも軍隊の役に立たず、部外者であるという屈辱的体験を、社会が娼婦に向けた軽蔑と同一視している。~略~」という一文が示す通り、裸婦(娼婦)という考えが、この「兵士としての自画像」の構成要素にあるのではないかと本書では推論しています。また機会を改めます。
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Tags: ドイツ, 書籍, 画家, 芸術家
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