もう一度「瀧口修造全集」へ

瀧口修造全集(みすず書房)の1巻から4巻まで読んだところで、一呼吸入れて別の本を読んでいました。「バルラッハの旅」(上野弘道著 風間書房)や「岩崎弥太郎と三菱四代」(河合敦著 幻冬舎)などを読んで、ここにきてもう一度「瀧口修造」に戻ってきました。瀧口ワールドは読んでいくうち頁を捲るペースはしだいに落ちてきますが、コトバひとつひとつを堪能しながら読み解いていく楽しさがあります。瀧口ワールドは、散文のような詩のような美術評論で、コトバとアートが対峙しているような印象です。ずっと読み続けていると、瀧口流の独特なイメージに翻弄されるので、自分はまた一呼吸入れたくなると思います。そんな希薄な読書癖がついているのは私だけかもしれませんが…。美術作品の中には論評や概説では賄いきれないものがあって、それが詩を生み出すのではないかとさえ思えます。現に美術評論家の中には詩人としても活躍している人がいます。瀧口修造はその最たる人物で、珠玉のようなコトバを噛み締めながら全集読破に向けて瀧口ワールドを満喫したいと思います。

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