瀧口流「H・アルプ」論

瀧口流「○○」論は今日で最後です。シリーズにするつもりはなかったのですが、文中に興味関心の高い彫刻家が続いたので、つい一人ひとりを取り上げてしまいました。アルプは抽象的な有機形態を作る彫刻家で、ポピュラーな作家です。その形態は丸彫りにもレリーフにも応用でき、手業を残さない作風です。それはひと目でアルプとわかる独特な雰囲気を持っています。「瀧口修造全集2」の中にこんな文章が掲載されています。「アルプのような特異なスタイルをもった作家に、個人性を没却するということは、非常に矛盾したように聞こえるが、個人的な誇示のない、人間性を直接にあらわす宇宙的芸術こそ彼の理想とする芸術なのであって、いいかえれば、手工芸的な個人性の効果を否定しても、独創的なデザインが可能であるという造形の一原理を暗示していることになる。この点では、アルプとはまったく性格を異にするモンドリアンも同じ立場に立っているといえるだろう。アルプがしばしば共同制作をしたのもその証拠になるかもしれない。〜以下略〜」つまりアルプは個人性を排除して、普遍的で独特なカタチに到達したと言えるかもしれません。曲面で被われたユーモラスとも言える生命体。そんなアルプ的発想から発展した芸術家はかなりいるのではないかと思います。

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