瀧口流「H・ムーア」論
2009年 12月 14日 月曜日
愛読している「瀧口修造全集2」の興味関心のある箇所は、やはり彫刻家を扱っている章です。「ムーアにとって、何につけ自然のありかた、とくに生長の仕方に親しむということが必要なのである。自然の深い知識から、生きたリズムと自然の形の組織とをもった理想形態を創るのである。ただその場合に一つの困難がある。というのは自然の生長形態は多く不安定な物質で被われているので、人体の筋肉にしても、柔軟な植物にしても、そのまま金属や石に移すことはできない。そこで、ムーアは自然形態のなかに、堅い、緩慢な成長の型を求めて、彫刻しようとする材料にふさわしい形を見いだすのである。〜以下略〜」ムーアが従来の具象でもなく、抽象でもなく、始原的なカタチを彫っているのを、自分は学生時代からずっと注目していました。自然な状態が、ムーアという作家を通過すると、自然なまま骨格や生命を与えられて、自然の状態に再構築される不思議さに、幾度となく感銘を受けてきました。その大地から湧き上がったような形態に雄大なスケールを感じ、またムーアが塊と同じと考えている穴の存在にも注目して、内なる空間の意識を持ったのもムーアの彫刻を通してでした。瀧口流評論によって、ムーアの彫刻に夢中になった頃を思い出しました。
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Tags: 彫刻, 書籍, 芸術家
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