P・クレーに纏わること

愛読している「瀧口修造全集1」の中に、パウル・クレーに纏わることが出てきます。瀧口修造がパウル・クレーのご子息に会いに行き、そこで出会った様々なことが述べられていて、それらをとつおいつ読んでいるとその情景が広がります。自分もオーストリアに5年間住んでいたので、欧州の生活ぶりが実感としてわかります。クレーの作品はデッサンも水彩も油彩も他の画家のように区別できない旨が書かれていて、自分も同じように思っていました。クレーには、大きなタブロー(油彩)が少ないというのもありますが、特異な世界を持つこの画家にとって、デッサンが習作で油彩が実作という定義が当てはまりません。すべてが心象を表す媒体になり、それぞれが感情の昂りを伝えているからです。自分にはいつも脳裏から離れない画家が2人いて、それがクレーとカンディンスキーなのです。これは20代から変わりません。それでついクレーに纏わることが書かれていたりすると、再び頭の中はクレーでいっぱいになってしまうのです。

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