幻視体験未だなく…

長い会議が続き、そこで眠くなって見る夢はあるのですが、夜眠っている間に見る夢は最近はなくなりました。亡父や亡義母が夢枕に立つこともなく、金縛り体験もありません。家内は時々そんな体験を語ってくれるのですが、自分は人に見えないものが見えたり感じたりすることはまるでありません。闇の中で身の毛がよだつことは過去ありましたが、何かが見えたわけではありませんでした。幻視体験は未だなく、そうした世界を創造することは自分には出来ないのかもしれません。画家の中にはそうした不思議な体験をテーマにして幻想絵画を作っている方もいらっしゃいますが、自分は常に現実世界との関わりでしか作品を作ることが出来ません。空間や事物に対する自己解釈はあっても、それは超越的な世界ではなく、おそらく自分が幻想世界を作ったとしても白々しいものになってしまうでしょう。幻視というものが何か知らないで、追体験によって作品化することは自分にとって仕方の無いことだと思っています。                        Yutaka Aihara.com

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