大内宿に纏わること

福島県南会津郡下郷町にある大内宿は数回訪れています。最初はずい分前になりますが、豪雪の積もる大内宿に車のタイヤを滑らせながら入りました。奥深い里という印象でした。自分の出身校には民俗学研究室があって、民俗学者として名のある宮本常一教授が礎を作ったようですが、自分の時代には後継者の相沢次男先生がいらっしゃいました。実はこの相沢先生が大内宿の保存活動を初めて展開した人でした。大内宿本陣跡にある街並み展示館には母校の名前がついた看板があります。相沢先生はご家族を連れて、自分がウィーン滞在中に拙宅に来ていただいて、日本や欧州に纏わる興味深いお話をしていただきました。自分がルーマニアで個展をした時もオープニングに駆けつけてくださいました。そんな縁で大内宿は初めから親近感がありました。ただ遠路遥々といった印象は拭えず、今回も尾瀬から1時間以上かけて、ここにやってきたという感じです。

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