今年は2012年ですが、2年前のRECORD12月分をホームページにアップしました。ホームページにアップを待つ作品は、RECORDの他にもありますが、作品をアップする際にコトバをつけているので、そのコトバを頭からひねり出すのに時間がかかるのです。現在読んでいる「クレーの日記」では、パウル・クレーが日記のあちらこちらに詩を散りばめているので、生まれながらにして詩人であったクレーが羨ましい限りです。自分がRECORDや彫刻作品に添えるコトバは、とりわけ造形作品に関するものではありません。発想の源は同じであっても造形作品とは表面的には異なります。コトバで内容の解説をしようとは思っていないので、コトバはコトバとしての作品と考えています。ホームページを覗くとコトバもいつの間にか増えてきました。造形作品の時よりもコトバを作っていた時のほうが当時の心情が読み取れるように感じます。これは言語の持つ力かなぁと思っています。私のホームページにはNOTE(ブログ)の左上にあるアドレスをクリックしていただくと入れます。ご高覧いただけると幸いです。
日記から読み解く青年クレー
2012年 1月 26日 木曜日
画家として特異な作風をもつパウル・クレー。その人となりを現在読んでいる「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)から読み解くことができます。まだ第一の日記を読んでいるところなので、子どもから青年に至る成長過程で恋や性に関することが多く書かれています。女性に対しては本能に忠実というか、在りのままの心理が描かれていて、悶々とした時期があったり、鬱々として羽目を外したりする鬱積した青春時代が読み取れます。その中でクレーは生まれながらにして詩人だなぁと思わせるところが度々出てきます。ヴァイオリンを演奏し、造形美術では師匠のもとで他の画学生から賞賛の的となっていたクレーですが、詩人としての資質に自ら気づいていたようです。日記に詩がいくつも出てきて、それによって自分の気持ちを吐露しています。自分が他の書籍からイメージしていたクレーとは違う一面が見られて読んでいて楽しいと感じます。なるほどと思うところもあります。通勤時間帯に読む「クレーの日記」に只今夢中です。
次なる新作は石庭のイメージ
2012年 1月 25日 水曜日
現在作っている「発掘~混在~」の次に作る新作のイメージが湧いています。まだ「発掘~混在~」が完成していないのに、次は床置きした作品が頭に浮かんでいて、そのイメージは石庭です。点在する石は陶彫で作ります。石庭は自然石を使うものですが、陶彫にするため造形的に手を加えていきたいと考えています。空間的にはそれほど大きくなく、さしずめ坪庭のようなイメージです。間に合えば今年の7月の個展に出したいと思っています。庭の広がりは厚板で作ろうと思います。石庭に見られる白砂敷に流紋がつけられる状態を、厚板に木彫を施して摸してみようと考えています。「発掘~混在~」を作っている最中に、こうした次なる新作のイメージが湧くのは今回に限ったことではありません。むしろイメージが出やすい心理状態なのかもしれません。あとは7月に間に合うかどうかです。「発掘~混在~」と併行して作ってみようか思案中です。
「解放」ベン・シャーン
2012年 1月 24日 火曜日
自作にも「構築~解放~」という作品がありますが、ここで取り上げるアメリカ人画家ベン・シャーンによる「解放」は、象徴的な名作です。これは第二次世界大戦中のフランス解放をテーマにして描かれたガッシュによる絵画で、内容は瓦礫の中で遊ぶ子どもたちの情景です。図録によると、子どもたちは仮面のような表情をしていると書かれています。確かに子どもに表情はありません。楽しく遊んでいるはずが、絵に近づいてみると孤独を湛えた無表情な子どもの顔に異様さを覚えます。これが本当の意味の「解放」なのか疑問に感じるのは私だけではないはずです。「解放」されても楽園がくるとは限らないと頭の隅で私も考えて「構築~解放~」を作ったように記憶しています。ベン・シャーンはもっと直接的で具体的です。「象徴とは…戦争が私に与えた虚無と荒廃の意味を形にし、戦争の非道さをくぐりぬけて生き抜こうとする人間の小ささを形にする、たった一つの方法になっていた」とベン・シャーンは語っています。大きな悲劇の中で、それでもなお生きていこうとする人間の意志、それが人間の心の「解放」なのかもしれません。
「混在」木枠部分の完成
2012年 1月 23日 月曜日
「発掘~混在~」は今年の夏の個展で発表する三双屏風からなる半立体の作品です。つまり畳大のボックスを縦に6つ、屏風のように置いてみようと考えているのです。ボックスには陶彫部分と木彫部分があって、それを仕切る木枠があります。木枠は作品の表面に出てきませんが、割合を決定する重要な役目があります。その木枠部分が昨日完成しました。木枠は所々曲面があります。厚板を鑿で彫って曲面を作りました。この木枠の上にレリーフした木彫の板をのせて固定するのです。私のHPのギャラリーページに「住居」と「棟」という床置きの作品がありますが、「混在」はこの「住居」「棟」を壁に立たせた作品と考えると、現在作っている「混在」のイメージが掴みやすいかもしれません。木彫と言っても表面には全て砂マチエールを施すので木材には見えなくなります。陶彫と一体化を図るために砂で表面を覆うのです。今のところ60パーセントの制作工程まで辿り着きました。図録撮影の日まで精一杯やっていかないと間に合わなくなります。毎年こんな綱渡りをやっています。締め切りまでの緊迫感に慣れはしたものの作業の多さには一向に慣れません。
週末 エッチングプレス機が来た日
2012年 1月 22日 日曜日
朝早く業者から連絡があり、エッチングプレス機が工房に届きました。新品ではありません。不要となった古いエッチングプレス機を頂いてきたのです。修理代は少々かかりますが、新品を買うより安上がりです。学生時代、ドイツ表現派の影響で木版画に手を染めていた私は、ほとんど銅版画をやったことがありません。でも銅版画をいつかやりたいと思っていて、その頃から30年も経ってしまいました。当時自分の後輩が手の込んだ技法を使った銅版画をやっていて、それを自分でもやってみたいと思っていました。後輩に技法を真似てもいいかと言ってみたところ、OKという返事が返ってきました。それはエッチングとアクアチントの併用による不思議な世界が表現できる方法です。あと数年で定年になる私は、現在の陶彫や木彫に加えて銅版画をやりたいのです。30年越しの念願を叶えるために以前からエッチングプレス機を探していました。ようやく手に入れたエッチングプレス機です。制作できるその日がくるまでイメージを貯めておこうと考えています。
週末 大寒の工房にて
2012年 1月 21日 土曜日
今日は大寒で、その名の通りの寒い一日になりました。今日は制作三昧とはいかず、昼ごろに職場に出かけて行きました。職場近くの地域での賀詞交換会に出席するためで、工房に帰ったのは午後2時過ぎになりました。制作は遅々として進まず、明日に期待をかけたいと思います。それにしても工房の寒さは凄いもので、仕事着を重ねて着ています。ストーブの傍を離れられず、少し作業してはストーブの傍に暖を取りに戻る繰り返しです。工房は断熱材はなく内装もしていないので、気温は外と変わりません。雨風が凌げるだけの建物です。農業用倉庫として建てたものなので、仕方がないのですが、寒い日が続くと身体に負担がかかります。思い出せば夏も暑くて耐えられない日がありました。定年になれば時間が出来るので、気候の厳しい時は制作を止めるのですが、今はそういうわけにはいきません。身体を気遣いながら制作を進めたいと思います。
雪の降る一日
2012年 1月 20日 金曜日
横浜では雪は滅多に降らず1年のうちでせいぜい数回程度です。その雪が今日降っていました。早朝の出勤でバスを待っていた時に寒くて手が悴んでいました。明日の工房は相当な寒さを覚悟しなければなりません。自分は体調がなかなか戻らず、この1週間はマスクをして過ごしました。喉にまだ違和感があるし、咳が止まりません。寒さなのか疲れなのかよくわかりませんが、仕事は休めず、制作は佳境に入るという按配です。公務や創作活動の調子が良いような気がしているので、何とか体調を戻したいところです。身体を冷やしてはいけないという当たり前なことを、体調不良になってようやく気付いたのです。明日からの制作で思い切り頑張れるように今晩は早く寝ようと思います。
「至福」ベン・シャーン
2012年 1月 19日 木曜日
画面の下半分には麦穂がたわわに実っている様子が描かれ、農夫がそれを眺めながら一人佇んでいる絵があります。アメリカ人画家ベン・シャーンによる「至福」という題名のついた絵です。「至福」はテンペラの他に同じテーマによるデッサンや版画等がありますが、自分は大きな画面に広がる世界とパステルカラーのような微妙なニュアンスをもつテンペラが一番気に入りました。先日出かけた神奈川県立近代美術館葉山館で開催されている「ベン・シャーン展」で、自分の印象に強く残った作品を何点か挙げるとこの「至福」が入ります。まるでドライポイントで描いたような線描。塗り残しのような淡い色彩。FSA(農村安定局)の写真家ドロシア・ラングの撮影したものがイメージの土台になっているようですが、「至福」という題名がついているにも関わらず、農夫の表情はどことなく不安な面持ちをして神妙な雰囲気を与えています。麦穂はデザイン化されて気持ちのよいリズムを感じます。そうしたグラフィカルな画面が一瞬にしてその世界に誘いこむ効果を上げていると思います。図録によると「一旦取りかかったがその後3年放っておいた」とシャーンは言っているようですが、未完成と思しき部分も全体の中で生きていて、これで良しとする説得力があると私には思えました。
「クレーの日記」再読開始
2012年 1月 18日 水曜日
このところ書店で新しい書物を買うことはせず、自宅の書棚に眠っている数々の書物を取り出して再読することにしています。その中にはもう既に書店で売られていないものもあって、今となっては貴重な本があるかもしれません。今日から読み始める「クレーの日記」は再版を続け、今も書店で扱っています。ただし、私の手元にある「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)は1985年に購入しているので、やや黄ばんだ古書になっています。当時どこまで読んだものか見当がつかず、最初から読み始めることにしました。P・クレーは自分のNOTE(ブログ)で度々扱っている、言わば自分にとってお気に入りの芸術家です。自分のイメージを広げたい時や創作に迷う時に、P・クレーの画集を開いて雁字搦めになった自分を解放しています。自分は若い頃からクレーが好きで、塑造で具象的な彫刻を作っていた時代もクレーの絵をよく見ていました。この「クレーの日記」は自分が滞欧生活を切り上げて帰国した年に購入しているので、海外で得たものの裏づけとして読んでいたのではないかと思います。今、再び手にとって読み始めた特異な芸術家の日記は、どんなことを自分に齎せてくれるのでしょう。楽しみつつ時間をかけて読んでいきたいと思っています。
「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」の読後感
2012年 1月 17日 火曜日
昨年暮れから通勤鞄に入っている「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)をやっと読み終えました。ずいぶん長く携帯していた書籍です。当時フランス領だったタヒチを初めとする島々で、彼の地を統治していた憲兵と原住民の間に入って、ゴーギャンはさまざまな感想や思索に耽り、また白人社会に抗議を繰り返していた様子を伺うことができました。島の生活がどんなものであったのか、ゴーギャンの眼を通して具体的に語られていて興味は尽きません。ゴーギャンの色彩や画面構成に高校時代から惹かれていた自分は、彼の地に行って身体を張って培ってきた表現力に感銘するばかりです。ただ、本書は芸術家としてのゴーギャンばかりではなく、当時の社会や西欧文明に対する批評家としてのゴーギャンをも感じさせます。こうしたゴーギャンの文献が表に出るのには相当な時間が必要だったようですが、在りのままのゴーギャンを捉えたいという編者の意思が感じられる一冊だと思いました。また、明日から新たな書籍の扉を開きたいと考えます。まだまだ自宅の書棚に眠っている書籍は数多くあります。
葉山館の「ベン・シャーン展」
2012年 1月 16日 月曜日
昨日、「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」展を見に神奈川県立近代美術館葉山館に行ってきました。ベン・シャーンはアメリカの下町やそこで生きる人々を丹念に描き、それによって社会的な背景までも炙り出した画家です。自分は大学生の頃にK・コルヴィッツやE・バルラッハというドイツ表現派の芸術家に心酔していた時期がありました。社会的なテーマを扱うリアリスムの作家の彼らと併行してベン・シャーンにも興味を抱き始めたのでした。アメリカの禁酒法や大恐慌の時代で、労働者階級の移民を写真に収め、それを独特な色彩で絵画に転換するベン・シャーン。また水爆実験の被害を受けた第五福竜丸を扱った一連の絵画は、日本では有名で絵本にもなりました。社会的な主張はメディアを問わず、絵画や写真の他にグラフック・アートにも表現を求めた、当時としては類稀な作家と言えます。特異な画風という印象を持ちますが、よくよく見ると構成から描写に至るまであまりにも巧みで、計算されたというより天性の表現力を見につけた作家ではなかろうかと感じました。画面がキマッているというのか、全て描ききれていないところもそれで良しとする説得力がありました。個々の作品で気になるモノはまた機会を改めますが、見れて良かったと思えた展覧会でした。
週末 制作の後、葉山へ
2012年 1月 15日 日曜日
今日も寒い一日でした。朝から工房で制作をしていましたが、あまりにも寒くて中断をしました。数日前から風邪気味なので身体を休めようと思ったのです。若い工房スタッフも手が悴んで絵が描けないようで、中断には同意してくれました。朝の工房内温度は2度で、ほとんど外と変わりません。自分は昨日より体調が少し回復しているものの大事を取ることにしました。午後、ゆっくり休むはずが家内と美術館に出かけてしまいました。神奈川県立近代美術館葉山館でアメリカ人アーティストの「ベン・シャーン展」が今月29日まで開催しているのを思い出し、今日しか行ける日がないと思ったのでした。葉山館は休日のせいか混んでいました。鑑賞者には若い人が目立っていました。社会問題を扱い、日本にも縁のあるアメリカ人アーティストは、日本人には馴染みがあるのかもしれません。工房より緩やかな美術館という環境の中で、ゆっくり鑑賞して帰路につきました。「ベン・シャーン展」の詳細については別の機会に書きます。
週末 新作の印のデザイン2つ
2012年 1月 14日 土曜日
体調が芳しくないのを押して朝から工房で制作をしていました。今日の工房内はとても冷えて、ストーブ1台では物足りない状態でした。「発掘~混在~」の木を削ったり彫ったりする作業はまだまだ続きそうです。夜は「発掘~混在~」と今年のRECORDに押す印のデザインに入りました。集合彫刻では陶彫部品が数十点あり、ましてや毎年のように集合彫刻を作っていると前に作った部品と新作部品の区別がつかなくなる嫌いがあります。それを避けるために毎年作った部品に印をつけているのです。印は新しく作ります。それを和紙に押印して番号をつけて部品の裏側に貼っていきます。印で彫刻の制作年がわかるようにしてあるのです。今回は「発掘~混在~」の陶彫部品に貼る印と、今年のRECORD用の印を作りました。自分はきちんと篆刻を学んだわけではないので、印と言っても自己流のデザインです。意識としてはP・クレーの抽象絵画に出てくる象形文字のようなものを作っています。これは結構楽しんでやっています。印も新作ごとに作っているので次第に増えてきました。これだけ揃うと印だけで展示をしたくなります。書家の印とはまるで異なる世界で、印という媒体を通した絵画作品と考えています。
風邪気味の一日
2012年 1月 13日 金曜日
職場では風邪気味の人が多く、自分も喉に違和感があります。先日まで家内が風邪をひいていました。昨日は家内が胡弓奏者として東京ドームに出かけ、全国各地から集まった祭りに「おわら」の一員として参加してきました。「おわら」は総勢90名で参加したようですが、どんな人数であれ、胡弓はたった一人で、家内の演奏がドーム中に響いたと言っていました。この時の気分の高揚が家内の風邪を吹き飛ばしたのではないかと思います。私は喉だけなので通常に出勤していますが、例年この時期に寝込むことがあるので、今は大事をとりたいと思います。職場ではインフルエンザも流行ってきています。ちょうど週末がかかるので、職場では多少風邪の蔓延が収まるのではないかと思います。ただし、自分は週末に制作が待っています。これは休むわけにはいきません。何とか今日のうちに体調を戻したいと思います。
自家用車のトラブル
2012年 1月 12日 木曜日
昨晩、用事があって車庫に止めてあった車を動かそうとしたらエンジンがかかりませんでした。一瞬、嫌な予感が頭を過りました。何年か前にクライスラーのPTクルーザーに乗っていた時のことです。道の途中でエンジンが止まり、そのままディーラーに運び、修理に数週間かかりました。日本に部品が無くてアメリカから取り寄せる期間があって長く待たされたのでした。今乗っている車はミツオカのビュートです。ミツオカも小さな会社ですが、ビュートは日産マーチをベースにした車なので、自宅の近隣にある日産ディーラーに電話をしました。今日の夕方6時に日産から整備士が2人でやってきて、原因がバッテリー切れということがすぐ判明しました。今日のうちに日産ディーラーに運び、すぐにバッテリー交換をやって一件落着。あっけなく車はもとに戻りました。国産車でしかも売れ筋のファミリーカーだったので、こんなに早く対処ができたのだと思いました。それでも自分は今だに外国の希少価値のついた車が好きで、日本では滅多に見られない車に乗りたい願望があります。日産マーチではなくミツオカのビュートにしたのもそんな願望の現れです。再び外車に乗る機会がくるのでしょうか。クライスラーのデザインに対する憧れが心の中でまだ光彩を放っています。
ゴッホとゴーギャン
2012年 1月 11日 水曜日
表題は言わずと知れた後期印象派を代表する2人の画家です。自分は中学生の時にゴッホの絵に惹かれ、高校生でゴーギャンの絵が好きになりました。ゴッホの炎のようなタッチが10代前半の自分にとっては解りやすく感受できたのだろうと述懐しています。年齢が上がるにつれゴーギャンの構成的な色面描写に魅せられるようになりました。その頃は絵だけではなく2人の画家の生涯にも関心がありました。ゴッホが発狂して自ら耳を切り落としたエピソードは映画になったほど有名です。「ゴーギャン オヴィリ 一野蛮人の記録」(ゴーギャン著 岡谷公二訳 みすず書房)には、そのエピソードがゴーギャンの目を通して語られています。「私たちの家の入り口に着いて、山高帽の紳士から、おそろしくきびしい口調で、だしぬけに『あなたは、友達に対して何をしたんです?』と言われたとき、私は、こうしたことについて、まるで気付いていなかった。『知りませんよ。』『いや、あなたはよく知っているはずだ。彼は死んだんですよ。』そんな瞬間が、ほかの誰にも訪れないことを私は望む。考えることができ、胸の動悸をしずめることができるようになるには、長い何分かが必要だった。怒りや、憤激や、苦しみや、体中に突き刺さるすべての人々の視線に対する恥ずかしさが、私の息をつまらせた。そしてしどろもどろになりながら言った。『よろしい、上がりましょう、そして上で話し合いましょう。』ヴィンセントは、シーツでしっかり体を包み、ちぢこまって、寝台の上に横たわっていた。死んでいるように見えた。そっと、とてもそっと、私は体にさわった。そのぬくみは、命のあることをあきらかに告げていた。私にとっては、知性と精力とがよみがえってくるような思いだった。」長い引用になりましたが、伝説にもなっている一場面がリアルに自分の脳裏を巡りました。
月明かりが煌々と…
2012年 1月 10日 火曜日
職場には今月4日から出勤していましたが、今日から仕事が本格化するため出勤時間を早くしました。今まで通りの通常出勤時間帯に戻したわけですが、自宅の玄関を出ると満月の光が煌々と降り注ぐ夜明け前の時間で、真冬はこんな状況の中で出勤していたんだっけと改めて思い出した次第です。朝の通勤ではバスの停留所まで坂を下りていきます。周囲の張り詰めた空気に頬を刺され、白い息を吐きながら暗い坂道を歩いていきます。この時間帯が1年間のうちで最もつらい時かもしれません。昨日まで制作三昧の日が続いたので身体が多少疲労しています。木彫や陶彫をやっていると手がガサガサになります。それでもある程度充たされた気持ちでいられるのは、本当に自分がやりたいことをやっている満足感からくるものだと思います。仕事の煩雑さにも多忙さにも耐えていけるのは創作活動のおかげです。「発掘~混在~」が徐々に出来上がっていくのを見るにつけ勇気が湧いてきます。制作工程ではまだヤマ場が残されています。今月から来月にかけて完成へ向かう昂揚感がきっとあり、その苦しまぎれな醍醐味が待ち受けています。それを待ち焦がれながら日々の仕事に精を出したいと思います。
三連休 目標達成70%
2012年 1月 9日 月曜日
今日も朝から晩まで工房で制作に明け暮れました。三連休で立てた制作目標は完全には達成できず、何とか70パーセントくらいまでもっていきました。図録撮影までの工程を考えると厳しいのですが、三連休は結構頑張れたのではないかという自己評価を下しました。来週末の2日間で「発掘~混在~」の木枠部分を終わらせられるのかなと考えます。RECORDの新シーズンの彩色も行いました。若い世代の子たちが工房から帰った後も、一人残って作業を続けました。周囲はすっかり暗くなり、ストーブひとつでは耐えられない寒さになります。今日は9時間以上も作業したことになり、三連休の制作に幕を引きました。そういえば今日は成人の日でした。工房に出入りしている美大生2名が、成人の式典に参加していました。横浜アリーナはどんな空気に包まれたのでしょうか。成人した人たちにはどんな未来が拓けるのでしょうか。工房に来ている2名には現実的な夢があります。そのために工房に通ってきているのです。自分が成人した時は不安でいっぱいでしたが、夢の達成を諦めたことはありませんでした。三連休の制作目標達成70パーセント、人生の目標はどのくらい達成できているのか、未だ70パーセントには及びませんが、夢の達成は必ず出来ると信じています。
三連休 目標達成に向けて
2012年 1月 8日 日曜日
三連休の中日です。今日は朝から若い世代のアーティスト3人が来ていました。それぞれが自分の制作に精を出していました。3人のうち1人は明日成人式を迎える美大生です。今日は三連休に立てた制作目標に向けて、夕方6時過ぎまで作業をしていましたが、目標達成は微妙になってきました。作品を作っていると一日があっという間に過ぎていきます。朝から電動工具を使い続け、作業着は木屑まみれです。ここまで出来ると思っていたことに意外に時間を取られたり、逆に困難と思っていたことがスムーズに進むことがあって、見通しと実行は甚だ異なるようです。ただ、作品が出来上がっていくに従って気が逸ります。意欲だけが空回りしているような気分です。いい気分ですが、丸一日作業をしていると夜は燃え尽き症候群になってしまいそうです。制作は手や身体だけ動かしているのではなく精神性が問われる部分もあって、長い作業は厳しいものがあるのです。明日も継続ですが、目標達成のために慌てて身体に負担をかけないようにしたいものです。
三連休 木材部分の目標設定
2012年 1月 7日 土曜日
休庁期間が終わって、3日間出勤した後の三連休はとても有難いし、また貴重な時間です。「発掘~混在~」の制作に対するモチベーションが保てたまま三連休を迎えられるのが良いと感じます。この三連休で6点の屏風に内包する木材部分を全て終わらせるという目標を立てました。週末ごとに小さな目標を設定して作業をしていくのが自分のやり方で、三連休は少し欲張りな目標にしています。身体は結構きついのですが、ここが頑張りどころです。朝9時頃から夕方5時まで作業を続けました。夜は近隣のスポーツ施設に出かけて水泳をしてきました。実はこの全身運動が作業にはとてもいいのです。木彫や陶彫の制作では身体の一部分に負担がかかります。立体作品の制作には屈んだり中腰になったりする場面も多く、無理な姿勢で長く作業をやっていることもあります。素材の重量も身体に相当負担をかけるものです。彫刻制作は重さとの闘いと言えます。石や金属を扱う作家は、工夫をして重さに対する負担を軽減しているのです。木や陶は石や金属に比べれば多少軽い物質ですが、たとえどんな素材であれ自分の作品のように巨大になれば同じです。この三連休で掲げた目標を具現化できるように明日も朝から工房に行きます。
新作屏風「発掘~混在~」について
2012年 1月 6日 金曜日
私のデビュー作は、陶彫レリーフによる三双屏風「発掘~鳥瞰~」です。陶土を混ぜ合わせて焼き締めた陶彫を、6点の画面に配置しました。また、砂によるマチエールを作って陶彫の部品との融合を図りました。上空から大地を見下ろした心象風景を作りたいと常々考えていたことが、ようやくこの時にカタチになったのでした。あれから10年が経ち、今一度三双屏風に挑戦しようと考えました。新作屏風「発掘~混在~」は画面を厚くして陶彫部品を大地に埋め込んだ状況をイメージしています。20代の頃、5年間滞在したヨーロッパの生活にピリオドを打ち、帰国前に数ヶ月かけてエーゲ海沿岸の古代遺跡を訪ねて歩きました。あの時、大地に刻まれた悠久たる遺跡に、もはや人の痕跡はなく、風雨に晒された都市の何たるかを考えさせられたのでした。その印象が帰国後に時間をかけて醸成されるようにイメージの取捨選択がされて、また具象的な要素が削げ落ちていきました。そこから発想した「発掘~鳥瞰~」は、欠落した都市構造であり、また幾星霜に渡って人々が禍根を残し、さらに忘れ去られていった都市の存在そのものをテーマにしたのです。新作「発掘~混在~」も同じ発想に立ち返って作ることにしました。屏風という展示方法をとるのは鑑賞者の視点を考慮し、屏風の折れ具合で風景にやや角度がつき、平坦ではない空間を演出したい意図があります。
1月RECORDは「萌芽」
2012年 1月 5日 木曜日
今年のRECORDの年間テーマとしたコトバ、漢字二文字を題名にして具象や抽象に囚われない表現にしていきます。今月は「萌芽」にしました。単純な意味では植物の芽がでることで、転じて新しく物事が生じようとする兆しが現れることを言います。まさに1月に相応しいテーマだと考えました。具象としての植物の芽から象徴的に何かが芽生える表現に至るまで、さまざまな技法が可能です。まず、1日から今日に至る5日間では、装飾的な文様に絡めて何かが育っていく過程を描いてみました。そういう視点で古今東西の名画を見つめなおすと、これはなかなか面白く興味が尽きません。「萌芽」という題名に相応しいものを名画に勝手につけるとしたら、どんなものがあるのか探し出すと時間が経つのを忘れます。自分のイメージの中にどのくらいの引き出しがあるのか、芽生えの表現はどんなところに眠っているのか、自分の制作だけでなく多くの資料の中からどんなインスピレーションを得ることができるのか、煮詰めていけば思わぬ発見があるように感じます。今月は「萌芽」を探し出し、また作り出していきたいと思います。
12‘RECORDの年間テーマ
2012年 1月 4日 水曜日
一日1点ずつポストカード大の平面作品を描いています。RECORDと称して今年で6年目を迎えます。ざっと見積もっても1800点以上になり、今年中には2000点を超えそうです。最初の年は、毎日絵柄を考えては描写してみたり、コラージュしたり、半立体的な表現にも挑戦していました。2年目から年間テーマを決め、月ごとに具体的なテーマを掲げてきました。さらに月ごとの中で5日間をシリーズにした表現に変えて現在に至っています。毎晩食卓で作業しているので、その日のモチベーション如何によっては楽しい時や苦しい時があります。飼い猫が食卓に飛び乗って慌てて作業を中断する時もあります。猫を描いてみようと思うこともありますが、猫は気紛れなので都合よくモデルを務めてくれるわけがなく、二束の草鞋を履いて時間に追われている現在の状況では無理だろうなと思っています。今年のRECORDは具象・抽象に拘らず、コトバから導き出されるイメージでやってみようと思います。年間で12のコトバを掲げて、それが題名になりうる作品を毎日作っていこうと考えています。コトバは漢字二文字。今年も頑張ります。
制作開始&従兄弟の会
2012年 1月 3日 火曜日
今日で休庁期間が終わります。昨年のNOTE(ブログ)を読んでみると、明日からの仕事始めを嘆き、休庁期間中にもう少し創作活動ができなかったのか振り返っています。今年も同じ感想です。このNOTEはホームページで公開しているにも関わらず、私的な日記を綴っていることが多々あります。読者はどうであれ、これは自分にとっては大変有効で、この正月に例年何をしているのか記憶に留められるのです。今日も日記になることをご容赦ください。工房での本格的な制作は今朝から始めました。厚板の切断を手始めに電動工具を使った作業に取り掛かりました。元旦も2日も工房に顔を出していましたが、今日は午前中ずっと作業していたので、2012年の初制作は今日からになります。午後は従兄弟の会を東京渋谷のレストランで行いました。家内の従兄弟たちが10数名集ってこの会を催したのでした。家内の母方の家系は奄美大島から出てきた人たちで、親の世代がそろそろ年齢的にも厳しくなってきたことを受け、その子ども世代で集まることになったのです。年始の挨拶の世代交代とも言うべきか、いや、もっと気楽で親戚縁者に囚われない気の知れた仲間同士の集いのような雰囲気がありました。これなら年始も楽しめるのではないかと思いました。6日間の休日で多少は気持ちも変わり、明日からの仕事に向かえるように思えます。ただし、創作活動に関しては前述通り、もう少し出来なかったのかを振り返るばかりです。
ウィーンに思いを馳せる日
2012年 1月 2日 月曜日
昨晩NHKのTV番組からウィンナーワルツが流れてきました。恒例のオーストリア国営放送によるニューイヤーコンサートの模様を衛星で伝えていたのでした。1980年から85年までの5年間、自分はウィーンにいました。ウィーン国立美術アカデミーに籍を置いていました。自分が住んでいたのは外人労働者の多い10区で、当時完成したばかりの地下鉄(Uー1)に乗ってウィーン市街の中央にやってきて、大晦日は国立歌劇場でヨハン・シュトラウスのオペラ「こうもり」を観て、元旦は楽友協会ホールでニューイヤーコンサートを聴くのが恒例になっていました。もちろん全て立ち見でホール内の鉄柵に寄りかかりながら、一流の音楽を堪能していました。このコンサートを聴きに日本からやってくる観光客のためにチケット売り場の前で並ぶアルバイトをしたこともありました。自分が20代の頃の話で、身の丈に合わない雰囲気に飲まれ、それでも感覚を研ぎ澄ましていたのを昨日のことのように思い出します。あれから20数年が経ち、ウィーンでは相変わらず素晴らしいコンサートが開かれています。あの頃の自分と現在の自分が容易に比較できる幸せを感じながら、自分はその後の日本で過ごした歳月を思わないではいられません。何が変わったのか、または変わらないのか、ウィーンに思いを馳せることの出来るこのひと時を自分は大切にしています。
2012年 年の初めに…
2012年 1月 1日 日曜日
2012年がスタートしました。今日は実家で母の雑煮を食べて、年賀状を投函しつつ、東京赤坂まで初詣に行ってきました。昨年の今日も同じことをしていました。毎年同じことが出来る幸せを今年は痛切に感じます。昨年起こった未曾有の大震災を思えば、この変わることのない幸せを願うばかりです。この一年が平穏な年であることを心より祈りたいと思います。さて、創作活動は昨年の継続で幕を開けますが、7月の個展には現在進行中の新作屏風と、これから作る床置きの作品、「陶紋」シリーズ数点を出品する予定です。何もまだ完成していない状況です。図録撮影の4月末までに全てを完成させなければならず、かなり厳しい制作工程になることは充分わかっています。RECORDも継続です。RECORDは今年6年目に入ります。厳しい制作状況の中でも、嬉しいことは工房に若い世代のアーティストたちが集い始めていることです。彼らは時に私の作品を手伝いながら、自分たちの創作活動にも真摯に向き合う時間を共有しています。今年も健康に気遣い、焦らず休まず無理せず懸命にさまざまな課題に取り組んでいきたいと思っています。公務員としての仕事でも、立場としての責任の重さを受け止めながら、人との信頼や絆を糧にしてやっていきます。今年もよろしくお願いいたします。
2011年HP&NOTEのまとめ
2011年 12月 31日 土曜日
今日で2011年が終わります。今年を振り返れば相変わらず創作活動での多忙感は拭えません。ただし、相原工房には今年になって若い世代の子たちが多くやってきました。美大生や社会人である彼らも創作活動に積極的で、工房では自分と同じように悩み苦しんでいました。このスタッフたちがいてくれるおかげで、自分の図録撮影や個展の搬出入がどれだけ助かっているか知れません。職場では自分がどのくらい組織に関われているのかわかりませんが、建設的な組織が出来上がっていると自分では判断しています。そのため有事には臨機応変な対応が出来るのではないかと考えます。これは昨年より一歩進んでいるように思えます。今年はあらゆることで多少疲労を感じる場面がありました。加齢のせいとは思いたくありませんが、今日も母や家内と菩提寺に出かけて墓掃除を行い、その合間に工房で新作屏風に取り掛かっていて何となく疲労感を覚えました。気持ちとは裏腹に身体が思うように動かないのです。しゃがんで木工具を扱っている姿勢が良くないのかもしれません。ともあれ新作の制作目標は達成できずに今年は終わりますが、新年になっても変わらず制作に没頭するつもりです。今年も相変わらず拙い文章で毎日NOTE(ブログ)を綴ってきました。これを読んでいただけているならどんな感想をお持ちでしょうか。読み苦しい点を勘弁していただいた上で今年も感謝申し上げます。来年も何卒よろしくお願いいたします。よい年をお迎えください。
晦日に工房で過ごす一日
2011年 12月 30日 金曜日
2011年も残すところあと1日になりました。今日は朝から晩まで工房で制作三昧でした。新作屏風の木彫部分が思い通り進まず、明日までの制作目標を修正せざるを得ません。例年こんなものかと思いながら不足している材料を買いに車を走らせました。ただし、身体が疲れているにもかかわらず、気持ちは満足していて快い時間を過ごしました。今日も若い子がレリーフ作品を作りにやってきていました。世代は違えど作品に取り組む姿勢は同じで、こんな年の瀬になってようやく新作の全体像が捉えられた按配です。彫刻の制作の傍ら、一昨年のRECORDに「渦巻く」というテーマで龍を描いたことを思い出し、それをデジカメで撮影して年賀状にすることに決めました。突如考えたことで上手くいくかどうかわかりませんが、慌てて賀状の用意をしました。毎年、年賀状はアナログな版画でやっていましたが、今回は方向を変えました。余裕が無いことを言い訳にして楽な手段を選んでしまったことになります。そうなれば来年のRECORDには蛇が登場する場面を作らねばなりません。年賀状として新たに版を彫るより、こんな方法がいいかなぁと思っています。今年のRECORDも明日作る1点を残すだけとなり、来年のRECORDの方向性もそろそろ模索しなければなりません。明日は大晦日。来年に向けて考えることが多い一日になりそうです。
休庁期間6日間
2011年 12月 29日 木曜日
管理職になって休日が連続で6日間とれるのは、この年末年始の休庁期間のみです。夏季休暇は5日間とれますが、連続してとったことはありません。夏は何がしか仕事が入ったり出張があったりで飛びとびで休暇をとっていました。確かに年末年始は日本特有の大晦日や元旦といった昔からの慣習があって、単なる6日間の休暇とはニュアンスが異なります。それでも6日間もあるのは嬉しい限りです。正月に集まるであろう親戚には最低の礼儀をもって挨拶しつつ、少しでも時間を見つけて創作活動に専念したいと考えています。今日は新作屏風の作業に明け暮れました。明日はさらに朝から晩まで長い時間作業をするつもりでいるので、多少の余裕を見て今晩のうちに御年賀を買いに家内と横浜中華街に行ってきました。今日と明日と明後日、この年末3日間も先日の三連休同様に制作目標を立ててやっていきます。美大でテキスタイルを学んでいる子が工房にやってきて、自分と同じように根をつめて制作に励んでいます。その子は明日もやってきます。心理学でいう社会的促進というもので、一人で作業するよりお互いが張り合いをもって作業できるというわけです。明日も頑張ろうと思います。
官庁御用納めの日
2011年 12月 28日 水曜日
今年の仕事は今日で終わりです。官庁御用納めの日。大きな書類は全て片付けて机上の整理をしました。今年の公務員としての仕事を振り返ると完璧とは言えませんが、何とか危機管理対応も乗り越えられたように思います。震災を初めとする不測の事態はいつ起こるかわかりません。今の職場では冷静な対応が出来たことが良かったと自負しています。自分は職場が地域と密接に連携できるように、今年もよく地域に足を運びました。地域との連携事業は自分が管理職として重きをおくもので今後も継続していきます。公務員としての仕事を片付ける一方で、創作の仕事はこれから多忙を極めます。工房にはまだ半分程度しか出来ていない新作屏風が横たわり、RECORDの彩色も途中で放り出したままです。明日から創作へ向けて気合を入れます。